コロナ禍を経て、対面でのイベント開催の価値が改めて見直されるようになった。会場に足を運ぶからこそ得られる体験、対面で会話でき現物を手にとって見ることのできる点は対面イベントならではの醍醐味だろう。
一方で、イベントには、多くの人が集まる場所には多くのごみが出る、という課題が依然として存在する。イベントのために用意される展示や装飾、美術など、イベント終了後にはそれらの多くが廃棄される。来場者に配布されるノベルティ類、飲食の提供に使用される使い捨て容器類、人や物の輸送に伴うCO2排出など、オフラインで開催されるイベントは、環境に負荷を与えてしまうという課題を乗り越えていない。
こういったイベント開催に伴う環境負荷の低減に、コロナ禍よりかなり以前から取り組んできた企業がある。株式会社昭栄美術は、ブースやディスプレイなどの領域を主軸に置きつつ、イベントや展示会の企画立案から、設計、施工、運営までを一貫して手掛ける。創業当時より、イベントのために作った設備、展示、装飾などを廃棄せず、再利用やリサイクルできる方法を追求してきた。創業当初は木工の製作工場から始まり、使えるものは捨てずに最後まで使い、再利用できないものはリサイクルし、原材料やエネルギー源として有効活用してきた。
今回編集部では、千葉県市川市にある同社のSHOEIベイスタジオを訪問。専務取締役の羽山寛幸氏に話を伺った。
株式会社昭栄美術 専務取締役 羽山 寛幸 氏
ワンストップサービスが特徴
1979年創業、300名の従業員を抱え、年間に手掛けるイベント案件は3,000件に及ぶ。製作拠点として2019年に設立されたSHOEIベイスタジオは、27,000平米、国内最大級の敷地を誇る。幕張メッセや東京ビッグサイトなどの大規模イベント会場から30分圏内に位置している。
同社の強みとして、イベントの企画・デザイン・製作・施行・運営まで社内で一貫して行うワンストップサービスを提供していることが挙げられる。従来イベント制作は、デザイン、施工、製作、設置など、工程が細分化されそれぞれに異なる企業が請け負う形が多かったが、この方法では管理が二重三重になり、コストも上がる。従来のビジネスモデルが最適なのかを見直し、同社では、木工製作、システム、ユニット部材の管理、サイン・アクリルの製作、電気照明、映像、音響 リース部品 装飾品のパーツの開発、輸送、現場の施工管理、運営、安全品質管理を自社スタッフが一括して行うことで、高品質、低コストでのサービス提供の実現につなげている。
2つの課題を解決する切り札
羽山氏は、イベント業界が抱える課題として下記2点を挙げる。
1.イベント実施における環境負荷が大きい
イベント実施における環境負荷の背景には、イベント開催ごとに多くの展示物や装飾などのビルド&スクラップを繰り返してきたことが挙げられる。作っては壊し捨てるを繰り返す従来のイベント実施方法は、SDGsの概念とは真逆である。多くの人材を必要とし、資源やエネルギーが消費され続けてきた。
2. 業界全体で慢性的な人材不足に陥っている
人材不足の要因としては、職人の高齢化、労基法・道交法改正、コロナ禍による職人の業態変化などがある。
この2つの課題を乗り越える方法を考えた際、同社ではISO20121(イベントの持続可能性に関するマネジメントシステム)に着目した。ISO20121は、イベント運営における環境影響の管理に加えて、その経済的・社会的影響についても把握し、イベント産業の持続可能性をサポートするためのマネジメントシステムである。
同社では、独自のイベントサステナビリティ目標を部署ごとに定める。項目ごとに廃棄削減目標を数値化し、達成のための行動指針を策定。毎月部署ごとの達成度合いを検証している。このような一連の仕組みをもとに2020年に認証を取得した。イベント関連の製作・施工を行う企業としては、日本で初めてだという。
2つの課題に対処する取り組み
下記に、この2つの課題解決のために同社が実践する取り組み例を挙げる。
イベント実施における環境負荷の低減
同社では、展示物などの制作時に使用する資源を減らすため、端材を出さない材料カットの方法を開発。加えて、木工造作物は従来、イベント会場で外して崩して廃棄していたが、それらをスタジオに持ち帰り、仕分け、品質の状態を確認し、表面をはがしてメンテナンスするなど次回使用が可能な状態にする。使用済みの造作物から、使える材料を取り出し、保管・再利用することで、新規の木材使用量の削減につながる。
同社では従来から、イベントのために作った展示物など、数日間のイベント終了後に撤去、廃棄されてしまうものを持ち帰って再利用する習慣があった。その「もったいない」を価値に変えることをサービス化しリユースシステムを確立してきた。たとえば、木工造作の表面を張り替えることや、デザインや組み立て方を変えることなどが実施されている。
さらに、デザイン面では、他の展示会などにもそのまま使えるデザインを提案することで、装飾物の再利用を図る。これは、環境面での貢献に加えて、おそらく同社と顧客のつながりを強化することにもつながるかもしれない。
人材不足に対する対応策
イベント現場の施工方法そのものを変えるため、同社では、下記のような取り組みを実施している。
- 現場での作業時間短縮
- 人材の育成
現場での作業時間を短縮するため、展示物などを極力ベイスタジオで制作し、現場での作業時間・工数を削減する。従来の4トントラックは高さ2,400mm。一方、イベント業界では高さ 2,700mmで装飾を作るのが一般的であったため、この高さの装飾物が入るトラックを自社で開発、スタジオで制作した展示物などをそのままの状態で現場に搬入させることが可能になった。これにより、作業員の数が最小限に抑えられ、作業員の移動によるCO2排出量や、人件費の削減を実現している。
イベント設営の際に、夜中に作業をするという従来型の方法では人材が集まらない、という働き方の課題もあったが、この課題解決にもつながる。
人材育成については、職人技をマニュアル化し、一定の水準まで作業レベルを引き上げるための育成に力を入れる。培った技術を定年後も活かせるような機会創出、女性、外国人、障がい者が働きやすい環境も整備する。特に人材不足が深刻な表具職人において、パート採用の近隣の主婦の皆さんが多く活躍しているという例もある。同社にとっては人材不足の解消、顧客に提供できる品質の向上という利点があり、地域密着型の雇用を実現、働く人にとっては働きがいの創出にもつながる。
また、道具の見直しや機械の導入により、職人の経験則をデータで共有できる状態にし、誰が担当しても同じ品質を保てる環境を整備する。
製品・資材の管理も徹底し、初めて作業をするスタッフでも、探さない、迷わない、困らない倉庫を実現する。徹底した5S(「整理」「整頓」「清潔」「清掃」「しつけ」)は、生産性向上や結果的に無駄なコストの削減にもつながる。
廃材とCO2排出削減に向けた3つの方向性
同社は今後も、より環境配慮型のイベント設計を推進し、お客様に価値の提供をしていきたいと昭栄美術 専務取締役 羽山寛幸氏は語る。
イベントを企画する段階から、省エネ設計、安全設計など、サステナブルな製品を組み合わせて生まれる空間設計の実現を目指す。また、製作、運搬、現場の施工まで全ての工程を自社で一貫して行う運用を通じて実現する廃材削減率やCO2排出量削減率を数値化・可視化し、下記3つの観点から削減率の可視化を図っていく。同社は2020年にISO20121(イベントの持続可能性)国際規格を認証取得。マニュアルに沿った取り組みがされている。
- 代替(リユース製品への置き換え)
- 縮小(資材をコンパクトに)
- 効率化(効率的な作業や輸送)
SHOEIベイスタジオ屋根に2022年に設置した太陽光発電システムについても今後発電量を増やし、2025年までに、スタジオ内で使用する電力は100%グリーンエネルギーでまかなうことを目指す。小学生や中学生の校外学習受け入れにも力を入れ、次世代にイベント業界の魅力を伝える活動、SDGsについて学んでもらう機会の提供も行っている。
取材後記
イベントに参加すると、「環境」「エコ」「SDGs」などを謳ったイベントであっても、そこで配布されるパンフレット類、使い捨て容器類、イベントや企業のロゴ入りエコバッグなど、会場内の目に見える部分だけでも資源の消費の多さが気になることが多い。展示物や装飾などがイベント終了後にどのように扱われるのか、参加者から見えない部分の環境負荷についてはさらに懸念される。
イベント用に製作した造作物を極力廃棄しないという昭栄美術の姿勢には、イベント制作に関わる人達に対する配慮も感じられた。従業員が作った大切な作品を、イベントが終了したからといって捨てたくないという想いが、捨てなくてすむサービスの構築につながっている。
今回SHOEIベイスタジオを見学し、製作工程のどの部門で使用される場所においても、徹底的な整理整頓が図られている様子には驚いた。作業効率の向上、作業員の安全確保、徹底した廃棄物の分類など、実用性を考慮されたうえでの美しさであった。
【公式サイト】株式会社昭栄美術
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