「サーキュラーエコノミー実現について話すとき、資源循環については非常によく議論されていますが、よく忘れられてしまう視点に『人』の要素があります。人のサーキュラー化なしにはサーキュラーエコノミーは完成し得ないのにも関わらず、です」
そう語るのは、EU域内における人材のサーキュラーエコノミーを促進する「Circular HRM」でプロジェクトマネージャーを務めるMathilde Mosseさんだ。今回編集部は、サーキュラーエコノミー時代に人材マネジメントの担う役割について話を聞いた。
Circular HRM プロジェクトマネージャー Mathilde Mosseさん
Q: Circular HRMとは一体何なのでしょうか?
Circular HRMとは、サーキュラーエコノミーのレンズを通して人材マネジメントを理解することです。どんな企業でも常に改善すべき人事制度上の弱点・課題があります。生産と消費は常に進化し続け、企業活動もそれに合わせて変化し続けているためです。ただ、この進化・変化は多くの場合マーケットのニーズに応えるためであり、本来企業としてあるべき姿を追求した先にあることは稀です。このように、業界のなかでの競争上の理由だけで企業組織を変えていくことは、組織の論理を置き去りにすることであり、このままの変化が進めば、社員たちは今よりもより一層のストレスにさらされることとなるでしょう。どのようなストレスかというと、職務と社員自身のスキルのミスマッチ・エンゲージできずモチベーションを削がれてしまう状況からくる精神的負荷です。社員への精神的負荷が拡大すると、極端な社会的・経済的コスト(犠牲)を引き起こすでしょう。
サーキュラーエコノミーへの移行という変化を可能にするためには、個人の視点からも組織としての視点からも、その企業に関わる様々なプレイヤーたちの相互作用や関係性を視野に入れたアプローチが必要です。サーキュラーエコノミーへと移行することとは、長期的なレジリエンスを構築し、経済機会を生み出し、環境と社会にプラスの影響をもたらすシステミック・シフトを意味します。サーキュラーエコノミーの論理を企業内の様々な施策に応用することで、従業員だけでなく会社にとっても高い付加価値をもたらすことができるはずです。
このアプローチを拡げるために、私たちはヨーロッパにおけるプロジェクト「Circular HRM(サーキュラー・ヒューマン・リソース・マネジメント)」を発足しました。Circular HRMとは、企業に対してサーキュラーエコノミー時代の人材マネジメントのあり方を伝え、研修を提供することで、サーキュラー型スキルとサーキュラー型ジョブを促進することを目的としたプロジェクトです。
EU連合の教育助成プログラム「Erasmus+(エラスムス・プラス)」プログラムから助成を受けて発足したもので、EU域内6つの国にある8つの組織からなるコンソーシアムです。ベルギーを拠点とする私たち「POUR LA SOLIDARITE-PLS」がリーダーを努めています。サーキュラーエコノミーの原則に基づいた人材マネジメント・研修プログラムの開発を目指して活動しています。このトレーニングは社員・雇用主となる企業・人事マネージャーをターゲットとして、彼ら・彼女らが現代の組織課題に対応し、社員や会社のニーズに対してより的確な解決策を生み出せるようになることを目指しています。
Q: 人材マネジメントはリニアからサーキュラーに移行することでどう変わると考えていますか?
リニアエコノミーとサーキュラーエコノミーとでは、人材というものの捉え方自体が全く異なります。
リニアエコノミーにおいて人材は、会社の目標を達成するための一つの資源に過ぎません。従業員は採用され、スキルは使われ、企業の期待に応えることがなくなれば「廃棄」されます。一方サーキュラーエコノミーでは、職場における社員のライフサイクル(採用の一連の周期)は延長され、資源として循環し続けられるように会社にとっても社員にとっても「最適化」されます。
サーキュラーエコノミーの原則は、どのように個々の要素が全体に最善で最大の影響を与えられるか分析した、システミック論理を反映したものです。よって、考えなければならないことは自社一社だけにとってメリットになることを追求するリニアな組織論ではなく、社員や社会全体に対してどのようにポジティブなインパクトを与えるか、ということです。
サーキュラー人材マネジメントとは、会社と社員にとって最善・最大のインパクトをもたらすために実践されるものです。リニア型の人材マネジメントに対し、サーキュラー人材マネジメント方法を確立するためには異なる要素について考慮が必要となります。
まず第一に、人材マネジメント自体は会社に合わせて一括で行われるのではなく、社員一個人に合わせる視点へと変わります。会社における社員のライフサイクルから、ウェルビーイング、ニーズ、スキルをどのように最適化していくかを考えるのです。
社員と企業双方のニーズを理解し、社員と上司の間で定期的な対話の場を設け、社員のキャリアの希望が現状担当する職務やプロジェクトに合っているか考察するためのプロセスやツールを導入する必要があります。さらに、サーキュラーエコノミーの原則のひとつに、「リジェネレート(再生)する」があります。リジェネレートとは、人事の場において、長期的に不在にする期間があった場合の復帰の仕組みや、社内で社員の希望やスキルとの整合性がある部署やプロジェクトを担当できるよう道をつくることを意味します。
循環するアプローチは会社の視点でも重要です。社員の持つ能力やスキルを可視化・カテゴリー分けして、社内でその実力を最大限発揮できる戦略へと反映させたり、社員が社内外の労働市場でも貢献できるようサポートしたりする方法を確立することです。
Q: 人材マネジメントがサーキュラーエコノミーに移行できたあかつきには、どのような課題やチャンスが生まれるのでしょうか?
サーキュラーエコノミーへ移行することによって、企業は市場における競合優位性を保ちつつも、設計から消費にいたるまでのオペレーションモデルや生産プロセスを再考することが可能になります。
水・大気・土壌・廃棄物・騒音・生態系に関する、環境負荷を測定、予防・最小化するための製品・サービスを提供することを主とする環境セクターの企業にとって、特に大きな変化をもたらします。これらの企業は、その経済が競合優位性を持った持続可能なものへと移行するために重要な役割を担います。イノベーションは環境セクターの本質的な特徴であり、常に技術的・科学的なアップデートを要します。このように常に変わり続けることで、環境課題に対して最適な方法で対応していくことができるのです。
環境に関するイノベーションを起こし続けるためには、社員のスキルとウェルビーイングを進化・適応させていけることが強く求められるため、うまく対応できなかった企業は会社として生き残っていけないといったリスクがあります。
実際に企業として技術的・科学的イノベーションを加速させられても、必ずしも従業員が市場の変化に十分に迅速に適応できるとは限らず、スキルの不適合・社員の能力をフルに活用しきれない可能性、逆に社員の能力開発が間に合わなくなってしまう可能性、さらに企業内での高齢化した労働力の位置づけや役割、職場でのストレス、うつ病などのマイナスの影響をもたらす可能性があります。従来型の人事マネジメントでも見られた問題がより顕著に現れている、とも言えます。
サーキュラーエコノミーについて話すとき、現状では、いかに資源を循環させていくか、という点について、自然や資本についての議論することが多いかと思います。どのように自然からくる様々な製品やサービス、資本を生み出すか、これらの製品やサービスを通してどのように資源を循環させるか、どのようにサプライチェーンや製造工程を最適化するか、などが主なトピックになります。一方で、サーキュラーエコノミーの場で人的資源としての人材について話すことはまだまだ一般的ではありません。
しかし現実として、サーキュラーエコノミーは労働・雇用の場で大きく影響を及ぼします。サーキュラーエコノミーへの移行において人材の視点を含めることは競合優位性を高めることにつながります。実際に企業組織にサーキュラーエコノミーの「人」の要素を反映しなければ、サーキュラーエコノミーへの移行そのものを達成できないでしょう。
今後この「人」の視点についても、多くの目が注がれることが予測されます。社会全体で人のサーキュラーエコノミー化を成功させることが重要なのです。
Q: サーキュラーエコノミーの人材マネジメントにおける課題は?
人材マネジメントをサーキュラー化する上で最も難しい課題は、社員全員に担当の職務にモチベーション高くコミットしてもらうことを強制はできないということです。
これこそが、人的資源、人間が他の資源と決定的に異なる点です。
私たちがモチベーション高く仕事をするためには、誇りややりがいが必要です。どんなことをしたいのか、というのは自己決定のプロセスであり、個々人のユニークな特性や関心が全面に出るところです。自社社員のウェルビーイングとモチベーションを担保することは企業としての関心事であり、そのための仕組みを整える責任がありますが、社員自身もその責任の半分を担います。
もうひとつの課題は、リソース不足です。適切で包括的な人材マネジメントのための制度を設けるのには時間も労力もかかりますが、人事部がこれだけのことをするためには、大企業などリソースを潤沢に使える企業に限られてしまいます。
したがって、中小企業などの人事部内でリソースが限られている組織であってもサーキュラーエコノミーのための人事制度を開発・運用できるように支援していくことが求められます。
会社も、社員がキャリアにおける生涯学習を続けるための仕組みを確立する必要があります。
すでにこのような生涯学習を支える仕組みを取り入れている大企業や、企業に研修の法的義務を課している国もあるかもしれません。しかし、一般的にはこういった取り組みや考え方が広く浸透していないのが現状です。市場の需要を取り込んで企業の競合優位性を確立するための研修と、社員個人の希望する進路を実現するための(キャリア開発・スキル開発などの)研修とは分けて考えなければなりません。それぞれが企業・社員双方にとって重要なためです。
Q: サーキュラーエコノミーに移行すると社員エンゲージメントはどう変わるのでしょうか?
人材マネジメントが完全にサーキュラーエコノミーへと移行すると、人的資源は最適化され、企業のステークホルダーのウェルビーイングが高まるというメリットがあります。
サーキュラーエコノミーへと移行することで、雇用主・社員・人事が同じ目線で取り組むための土壌が形成されます。すべての人が自分の持ち場を見つけ、全力で力を発揮する環境が現実のものとなります。
先述の通り、誰も社員本人に代わってやる気を出すよう強制することはできません。しかし会社として、すべてのステークホルダーが安心感を感じられるよう、条件を整えることはできるはずです。サーキュラー人材マネジメント(Circular HRM)は、従来型の人材マネジメントと比べ、企業が社員のスキル・才能・希望に沿うことを可能にします。サーキュラー人材マネジメントを実践する企業は、社員に対してより良い評価・振り返りの仕組みを確立することができるでしょう。同様に、社員は自身の担当する仕事を前向きに感じ、高いエンゲージメントを発揮し、仕事において近い将来何かを成し遂げたい、という希望を持ち、離職や低モチベーション状態に陥るリスク・コスト回避につながります。
社員が安心感を感じられる環境をつくることは、社員エンゲージメントとモチベーションの土台となるのです。
Q: リニア経済で大きな成功を収めた企業の方が、サーキュラーエコノミーへと移行した後も成功しやすい、などといったことはあるのでしょうか?
この質問にお答えするには、「performing well(パフォーマンスが良い)」や「success(成功)」というのはどのような状態を指すのか明確にする必要があります。収益だけの話なのか、環境や社会へのインパクトを含めた話をしているのか。社員のウェルビーイングも考慮するのか。「パフォーマンス」について話をするとき、その定義自体も明確にしなければなりません。
サーキュラーエコノミーに移行することで、企業は製品やサービスの寿命を延長し、環境負荷を軽減します。
サーキュラーエコノミーの原則は、人材マネジメントという観点では、雇用主側がチームを適切に管理する上で起こりうる課題を解決するための手がかりを与えてくれます。人間の特性である個性を深く理解した上で、大きな集団組織を管理するための方法を考えることができるようになるのです。
つまり、サーキュラーエコノミーの原則は雇用主である企業の見方を変え、ビジネスや社員の活動を管理するために新たなアプローチを取ることを可能にします。サーキュラーアプローチは経営にとっての多くの課題を解決し、加えて企業・社員・社会・環境に対してウェルビーイングをもたらします。
よって、リニア企業としての成功に関わらず、サーキュラーエコノミーに移行した企業は、関わるすべての人たちに対して、より大きな「成功」=ウェルビーイング・長期的恩恵を運ぶものとなるはずです。
Q: Circular HRMは、国境や大陸を越えたコラボレーションの可能性についてはどのように考えていますか?
私たちはサーキュラー人材マネジメント自体が国境や大陸を越えたコラボレーションそのものだと考えています。これらの取り組みを実践に移し、これが大きな動きとなって各国に広がり、「民主化」された、新しい人材マネジメントの方法として確立されることを期待して活動しています。
サーキュラー人材マネジメントは、会社のなかでの社員と職場組織の役割を理解するための新しいアプローチ・視点から見ることを可能にしますが、人材マネジメント自体の手法を一新するものではありません。
国境や大陸を越えたコラボレーションなどは、すでに人材マネジメントのなかで重要性が認識されてきた要素なので、サーキュラーエコノミーに移行に際して新しく重要になるという訳ではありません。ただ、これらを再認識し、改めて発信していく必要はあるでしょう。その大陸・地域に、協業していける人のネットワークをつくることは、(人材)資源の相互活用という観点でも非常におもしろい。
社員にとっては、他の企業ともプロジェクトで協業できるというのは非常に豊かな体験となるでしょう。同じ仕事を繰り返すだけといったモチベーションが下がるような働き方から飛び出し、自分の専門性を広げることができるのですから。もちろん、企業と社員が互いに関心を持っていることと、社員自身も新しいことに挑戦していきたいという希望があることが大前提となります。
サーキュラーエコノミーへと移行することは、その地域の特性や複雑な現状に即した循環をつくっていくことです。
異なる地域・大陸の人々と体験・経験を共有し、学び合うことは互いにとっての豊かさと取り組みへの相乗効果をもたらすでしょう。日本とヨーロッパで、サーキュラーエコノミーの人材マネジメントという観点でコラボレーションをしていくことは、大きな可能性を生み出すはずです。
編集後記
Mathildeさんの言う通り、サーキュラーエコノミーとはまだまだ物理的資源のみを循環することとして捉えられており、「人」についての議論や検証は必要不可欠なのにも関わらず、圧倒的に不足している。
サーキュラーエコノミーへと移行できたあかつきには、その経済・社会・環境を織りなすすべての人が取り残されることなく幸せに、高いウェルビーイングを保ち、働き、暮らすことができるはずだ。
それには企業・経済の視点で欠かせない視点や課題、施策を解明し、ステークホルダー全員で共有し、よりよい実践に移していく必要がある。
Circular Economy Hubでは、サーキュラーエコノミーの持つ「人」の側面についても今後注目して取材・発信を続けていく。