広島県福山市。人口約46万人(2024年1月現在)の中核市は、「バラのまち」「デニムのまち」として知られ、電子機器や粗鋼、造船、容器包装など多数のものづくり企業を有する。北部には吉備高原の西南端の山々が、南部には瀬戸内海が広がり、自然との物理的距離は近い。「潮待ちの港」鞆の浦では、東の紀伊水道・西の豊後水道からの満ち潮が沖合でぶつかるため、海上交通の要所として多様な商業・文化・政治的交流が生まれたという。2022年に築城400年を迎えた福山城、2つの国宝を持つ明王院を代表とする歴史・文化資源は、新幹線「のぞみ」が停車する駅であることと相まって、観光客を吸引し続ける。

このように自然・文化・経済資本が豊かな福山市であるが、他の自治体の例に漏れず人口減少が進み、経済を支える人材の不足にすでに直面している。こうしたなか、環境・社会・経済の三側面を統合的にアプローチするSDGsに目を向け、「多様な主体が参画し、新たな価値を創造する『福山版サーキュラーエコノミー』」を提案し、2023年にSDGs未来都市に選定された。この「福山版」とはどういうことなのか。福山市 企画財政局企画政策部 企画政策課長の中山雅之さん(冒頭写真中)を中心に、同課次長の橘髙剛(写真右)さん、主事の大塚祐太(写真左)さんに話を聞いた。

福山版サーキュラーエコノミーとは


 

SDGs未来都市計画内の柱となる福山版サーキュラーエコノミーのポイントは、「福山らしい」サーキュラーエコノミーを築くこと。今回の取材で見えてきた点だ。

同計画は、福山版サーキュラーエコノミーにおける課題・目標を下記のように環境・社会・経済面それぞれで特定する。

環境面

カーボンニュートラルの達成に向けては、市民・事業者の環境問題に対する関心度をこれまで以上に高めるとともに、具体的な取組を喚起していく必要がある。特に事業者に対しては、環境課題解決を通じた新たなビジネス機会の創出や、生産活動の高度循環化を促していく必要がある。(出典:同計画)

社会面

各地域の資源や個性を活かしつつ、市内外の多様な主体が地域の垣根を越えてつながり、コミュニティを形成し、その取組が地域の課題解決や活性化、さらには一人一人の自己実現やウェルビーイングの向上につながる仕組みづくりが必要である。また、コミュニティの持続可能性を高めるため、ビジネス手法により社会課題・地域課題の解決に取り組む人材を発掘・育成し、経済波及効果のある地域活動につなげていく必要がある。

経済面

市内外、または市内の地域間で多様な企業・人材のリソースが掛け合わされ、付加価値が高い商品・サービスが生まれる仕組みを構築するとともに、それを新たなビジネス機会として発信し、継続的な人の流れと経済発展につなげる必要がある。

これを見ると、福山版サーキュラーエコノミーは、環境・経済面だけではなく、コミュニティの創出さらには市民のウェルビーイング創出という循環型地域づくりにまで範疇に含んでいることが見て取れる。

中山さんは、この取組を進める背景について、このように話す。

「他の自治体と同じく、山積する課題を環境・社会・経済を複合的に解決することにハードルがあるのが現状です。SDGsの視点を通じて、そこにアプローチしたい。行政の外とよりつながっていくことで、行政では思いつかないような三側面の課題解決方法を創出できるということが見えてきました」

デジタルプラットフォームの概要

福山版サーキュラーエコノミーのなかでも「特に注力する先導的取組」(同計画内)として、デジタルプラットフォーム構築を急ぐ。

デジタルプラットフォームは、5つの段階で構成されている。

  1. 企業や人材、団体などの市内外の多様なリソースの可視化
  2. 社会・経済・環境面の課題可視化
  3. SDGsプロジェクトの創出
  4. 高付加価値化
  5. 高度循環化

デジタルプラットフォームの概要(福山市SDGs未来都市計画)

想定する先進的取組として紹介されたのは、市内のバラの剪定枝を粉状にして麻と混ぜ合わせた糸でデニム生地をつくるプロジェクト。廃棄される剪定枝はデニムの材料に活用される。「デニム」や「バラ」は福山市の地域資源でもあることから、わかりやすい福山のサーキュラーエコノミーとして、同計画内でも示されている。「こういった地域資源の循環型利用により新たな価値を生み出したい」と中山さんも話す。この取組は、上記に挙げた5つの段階すべてを満たしていることがわかるだろう。

今後新たな循環型プロジェクトを連携により生み出していくにあたり、このようなデジタル・オンライン型のプラットフォームにおいては、継続的かつ実行的な機能を担保できるかどうかという課題が常につきまとう。

この点について、中山さんは現時点で次のように考える。

「ウェブサイト上で可視化したものの、つなぐことができなかったらあまり意味がありません。行政が課題やソリューションを出してもらった団体に話を聞いて、つなぐ役割を果たしていきたいと考えています。自由にマッチングしていくことが理想的ですが、専門家の意見も聞きながら行政が間に入ってマッチングする形も想定しています。福山市ではワーケーションに力を入れており、コミュニケーションを通じて創出されたプロジェクトもあります。こういった先行事例をもとに今回のプラットフォームでも基盤をつくっていければと考えています」

SDGsの浸透度と人材不足、現状を打破するドライバーとなるか

同プラットフォーム展開に際し、中山さんはもう2つ課題を挙げた。

1つはSDGsの浸透度。

「SDGs事業者アンケートでは、SDGsを知らない、取り組む必要性が感じられない事業者が多いという結果となりました。福山市では中間工程を担う企業が多く、元請けから下請けへSDGsへの取組の要請があるだろうと想定していたのですが、これをある種覆す結果となりました」

もう一つは人材不足。

「市内企業の多くが人材不足を課題に挙げています。特に女性が福山市を離れる比率が高いのですが、裏を返せば女性が働きやすいと思う企業が少ないともいえます」

デジタルプラットフォームは、上記課題に少し違った角度からアプローチすることになるのではないだろうか。つまり、自然・文化・歴史・経済資本など福山で蓄積されてきた価値を見つめ直し、循環を目的の一つに加えることで、バラの剪定枝を材料としたデニム生地のように新たなオリジナルの価値が生まれる。結果、わかりやすい事例が生まれてくることにより、ほかの事業者が取り組むインセンティブが発生するともいえる。

産地での先進的取組事例:産地型デニムアップサイクルプロジェクト「REKROW」

合わせて、すでに取組が進むプロジェクト「REKROW」を取材した。REKROWは、廃棄されるワークウェアを見直し、新たな価値を付与する産地型サーキュラーエコノミーの実現を目指したプロジェクト。「WORKER」を逆さまにした「REKROW」のホームページには、「ここ広島県福山市から、ワークウェアを代表とする地域のものづくりを、サーキュラーエコノミーを通じてアップデートする」と表現されている。

REKROWの循環を示した図(出典:REKROWホームページ

現在の中心的取組は、デニムを回収して加工し、エプロンやカバン、ソファの生地など新たな高付加価値製品にアップサイクルする。上図にもあるように、これを次のワークウェアの設計への反映を視野に入れていることが最大の特徴である。

今回編集部は、「サーキュラーエコノミー研修プログラム(主催:株式会社ジャパングレーライン)の一環として、REKROWが開催するデニムの解体ワークショップに参加した。

デニムの解体ワークショップの様子

詳細については、「【イベントレポ】循環型社会の実現に求められる視点は?広島「福山版サーキュラーエコノミー」のこれから」の下部をご覧いただきたいが、普段ほとんどの人が経験することがない、デニムの糸をほどく分解作業を体験した。集中力や根気強さが要ることを体感する一方で、解体するデニムを誰がどのようにどんな想いでつくったのか、耐久性を高めるためにどのように縫ったのか、次のデニムの設計に反映できそうなところはないかなど、参加者各々の思いを巡らせながら作業した。

REKROWプロジェクトを手掛ける黒木美佳さん(株式会社ディスカバーリンクせとうち・繊維事業部企画生産マネージャー/HITOTOITO繊維産地継承プロジェクト委員会・副委員長・事務局)は、福山市が主導するデジタルプラットフォームに期待を寄せる。

「一社ではできない回収への取組など、一緒に仕組み化できる理解のあるパートナーと協業してきたいと思っています」

REKROW拠点を案内する黒木さん

REKROWのように、福山市では、耕作放棄地をブルーベリー農園に生まれ変わらせる地域プロジェクトや福山城の廃瓦のアップサイクルアートプロジェクト、エシカルデニムを展開する企業など、地域・民間主導の循環型の取組が「面的に」多数展開されている。

福山市の市政シニアマネジャーであり、オランダと日本のサーキュラーエコノミーをつなぐことをテーマにビジネス支援を手掛けるBOSCA代表取締役社長/CEOの野口進一さんは、「福山市ではこういった自主的・地域主導型のプロジェクトが多い。点と点を結びつけることで機会が生まれる」と話す。

中山さんも、「すでに市内では、エシカル・サステナブルといったキーワードを通じて、ブランド化を目指していくなどの動きがあります。これらを市として応援していかなければならない」と、市の役割を強調する。

プラットフォームは、単独の企業同士を結びつける役割だけではなく、すでに活動している企業・団体間の関係を強化する役割としても考えられそうだ。

福山市の取組が示唆する3つのこと

全国の人口のうち、福山市のような中核市における人口は約18%。(令和2年10月1日時点。国勢調査確定値より)。未訪問者であっても、過疎地でも大都市でもない福山市の暮らしを想像することは難くない。つまり、他地域に大いに示唆を与える可能性を秘めているのではないだろうか。サーキュラーエコノミーの視点から次の3つを考察し、本記事を締めくくりたい。

1. 「サーキュラーエコノミーは地域活性化に寄与」とは何か

「サーキュラーエコノミーは地域活性化に寄与」というフレーズが聞かれる。これは何を意味するのか。

当然、その文脈は地域によって変わるが、概ね「ループを小さくすること」と「多様なループが交差すること」「地域資源を活用すること」「ムダをなくすこと」に分類されるだろう。バラの剪定枝由来のデニム製造は、「多様なループを活用すること」、「地域資源を活用すること」、「ムダをなくすこと」につながるし、造船会社のデニムワークウェアを活用した取組は、「ループを小さくすること」「多様なループを活用すること」「ムダを無くすこと」に相当する。

これに関してREKROWの黒木さんも、「関係ないものがつながることが良い。近くにあるものをつないでいける良さがある」と指摘する。

では、その先に何が生まれるのか。地域における循環性向上をもとに、地域の価値向上・ブランディング化に加え、こういった「誇らしいプロジェクト」が行われている地域に住む住民のウェルビーイング向上や誇りの醸成に寄与するかもしれない。これが、福山版サーキュラーエコノミーが経済・環境だけではなく、社会面にもアウトカムを求めるSDGs未来都市計画のなかで位置づけられている所以ではないだろうか。

2. 中間財生産を担う企業を多数有する他地域への示唆

サプライチェーンの根幹を成す中間財生産を担う企業の重要性は、いまさらいうまでもなく従来から高付加価値化の必要性は指摘されている。これらの企業は完成品メーカーなどから品質や仕様を規定され、それが固定化されてきた。多くの企業は新たなビジネス機会を求めて価値創出に臨むが、サーキュラーエコノミーがそこに新たな観点・角度から厚みを与えてくれるものとなる可能性がある。サステナビリティ・循環性の高い製品を新規事業として提案・またはHPやマーケティング資料で可視化したところ、新たな顧客開拓・売上につながったという事例は枚挙に暇がない。福山版サーキュラーエコノミーは、共創によりこれらを意図的に創出できるか、他自治体から注目されうる。

3. コーディネーターとしての市

OECDによるサーキュラーシティに関する包括的レポート「The Circular Economy in Cities and Regions Synthesis Report(OECD)」によると、自治体が循環型まちづくりにおいて果たすべき役割として、規制・税、コーディネーター、サプライチェーン、市の率先、啓蒙などを挙げる。従来自治体が担ってきた規制や税・住民への啓蒙などの役割に加えて、自治体だからこそできるコーディネーターとしての役割がサーキュラーエコノミー実現に向けてより一層期待されている。この役割を前面に出したのが、今回のデジタルプラットフォームであろう。しかし、デジタルプラットフォームを構築するだけでは、持続可能になるかは不透明だ。先述の通り、この点は成否を握るものとして行政内で認識されており、行政がデジタルだけではなくアナログ的にも主体同士を結びつけていく役割を果たすとしている。まさに、自治体だからこそできることであり、循環型まちづくりにおいては欠かせない視点だ。

【参考】福山市SDGs未来都市計画(PDF)
【参考】福山市ワーケーション公式HP
【参考】REKROW
【参考】The Circular Economy in Cities and Regions Synthesis Report(OECD)
【参照記事】【イベントレポ】循環型社会の実現に求められる視点は?広島「福山版サーキュラーエコノミー」のこれから