華やかなホテル産業が生み出す痛ましい課題
透明なエメラルドグリーンの海に浮かび新婚の2人を祝うモルディブのリゾート。ニューヨークの街角に佇み暖かく静かにビジネス客を招き入れるブティックホテル。夏休みの家族連れが楽しそうにはしゃぐ沖縄の家族向けレジャーホテル。ホテルは、どんな目的であっても、訪れる人の日々を彩り、思い出に残る素晴らしい体験を提供するために客を迎え、産業として発展してきた。世界的には今後新興国の所得や中間所得者層の拡大などに牽引され、右肩上がりの成長が見込まれる。
ホテル産業は右肩上がりの成長を目指し、軒数は世界じゅうで増え続ける/出典:Sustainable Hospitality Alliance「Global Hotel Decarbonisation Report」
一方で、地域の自然破壊を引き起こしたり、オーバーツーリズムによって地元住民の暮らしを逼迫したりするなど、環境や社会への負の影響を外部化することで成り立ってきた側面もある。産業の拡大に伴い、この負の影響も拡大することが懸念されている。
他の商業施設と比べても、今後ホテル産業の温室効果ガス(GHG)排出量は急増することが予想されている。
他の商業施設と比べても、ホテル産業が今後排出するGHGは急増するとみられる/出典:Sustainable Hospitality Alliance「Global Hotel Decarbonisation Report」
主要ホテルグループらが加盟し、より良い世界を実現するためのホスピタリティ産業のあり方を追求する「サステナブル・ホスピタリティ・アライアンス(Sustainable Hospitality Alliance)」によると、ホテル産業の成長と二酸化炭素の排出を分離するために、2030年までに二酸化炭素の排出量を66%、2050年までに90%削減する必要があるという。
今回編集部が訪れたのは、ホテル産業が直面する環境・社会負荷を削減することと素晴らしいラグジュアリー体験との調和を掲げ、ホテルの新たなあり方を提案する循環型ホテルQOアムステルダムだ。QOアムステルダムは、大手ホテルグループIHGに属しながらも、独自の取り組みで持続可能なホテルの運営に取り組む。QOアムステルダムの総支配人ダンカン・フッドハート(Duncan Goedhart)氏に取材した。
QOアムステルダムの総支配人 Duncan Goedhart氏/Image via QO Amsterdam
「人生を大切にする」循環型ホテルQO
QOアムステルダムは、ホテルとして資源・エネルギー・水の循環の円を閉じるための実践を続けるサーキュラーホテルで、ヨーロッパで最もサステナブルなホテルのひとつです。アムステル川のほとりに建つ、21階・288室を有するホテルは、サステナブルなホテルをつくることを夢見た事業家サンダー・ブエノ・デ・メスキータが掲げた、『人生を大切にする(Treating Life Well)』というビジョンのもと、2018年に開業しました。出張が多かったサンダーは、快適な体験を提供してくれるホテル産業は残念ながら多くの廃棄の上に成り立っていることを知っていたのです。
このホテルには環境負荷を低くするための建築技術が結集しています。まず、ホテルの建物に使われる原材料の3分の2は、2016年までロイヤル・シェル社がオフィスとして利用していた通称シェル・タワーに使われていた500キロものコンクリートをリサイクルしたものです。さらに、蓄熱システム、ヒートポンプ、環境負荷が低いながらも気候などの外的要因に左右されず安定的に電力を供給できるバイオ熱電併給システムなどを組み合わせることで、環境負荷を極力減らしているのです。
建物側面には、1683個の金色のファサードパネルが自動で開閉・移動して適切な気候に保つ『カメレオン・スキン』が用いられており、システムが最適な状況で利用されれば暖房にかかるエネルギーの65%の節約、冷房に関しては90%の節約に貢献するとされています。QOは、環境配慮された優れた建築物を作るため先導的な取り組みを評価する国際基準の最高峰、LEEDプラチナ認証も取得しています。
ホテル館内の気候を最適に保つ「カメレオン・スキン」は訪れる度に異なる模様を見せてくれる/Image via QO Facebookページ
循環する仕組みはこれだけに留まりません。
ホテルの屋上には温室があり、魚の飼育と水耕栽培を組み合せて共生環境を生み出すアクアポニックスの仕組みで約70種類の野菜やハーブ、花、魚を育てており、収穫してレストランで提供しています。
移動には最もエコでヘルシーな手段、自転車をおすすめしています。ゲストが電動自転車を希望する場合に貸し出すのは電気自転車ですし、タクシーを呼ぶ際にも必ず電気自動車のタクシーが配車されるようになっています。サプライヤーについても同じです。仕入れは、できるだけ地元の仕入先から。輸送距離や鮮度、地元経済のことなどを考えた際に地元から仕入れるのが最善だからです。私たちのシグニチャーレストラン「Persijn」も、オランダ料理レストランなんですよ。環境負荷を抑えた仕入れや文化を大切にする意味でも、それが私たちがこの場所で提供できる最も良いものだからです。
QOのキッチン&バーJuniper & Kinのある建物の屋上には温室があり、店内で提供するための野菜やフルーツ、魚などが飼育栽培されている/Juniper & Kin Facebookページ
ホテルを見回すと、目に入るすべてのものにサステナブルなストーリーがあるんです。すべてのものに歴史があり、思考が凝らされており、それがこのホテルの美しさだと感じます。ストーリーによって、私たちスタッフも、ゲストも、ホテルの細部にまで愛着を感じるのです。
例えば、今私たちの足元にあるカーペットは、現在海洋ごみとして問題視されている漁網をリサイクルした素材100%でできています。
ビュッフェのないラグジュアリーホテル
ホテルを開業する時、私たちはひとつ大きな決断をしました。ホテルのレストランでは、一切ビュッフェの提供をせず、アラカルトメニューのみを提供するというものです。ビュッフェは利益率が高く、オペレーションの負荷が少ないため、多くのホテルが採用していますが、実際には多くの食料廃棄を生み出す原因になっています。対するアラカルトメニューは、お客様が来て、注文してからメニューを一品一品作るスタイルです。よって、多くの人が同じ時間帯に集まりがちな朝食時などは食事を提供できるまでの間待たせてしまうリスクがあります。
ただ、一見コストがかかるように見えますが、廃棄が少ないということは、不要な食材を買う必要もなく、処分にもお金がかからないので、意外にも収支で合わせてみると大きく違わないこともわかってきます。本当に廃棄がほとんどでないため、体験としての心地良さも格別です。
Persijnで提供されるアラカルト朝食/Image via QO facebook page @smrtravels
多くの人にとって、ラグジュアリーホテルならば当然ビュッフェを提供しているはずだという『当たり前』があります。QOに来るゲストの多くもこうした期待値を持っている。だからこそ、ホテルに来る前に情報として、ビュッフェがないこと、そしてその理由を伝えることが重要になってきます。また、もし知らずにホテルに来たとしても、フロントでチェックインの際に朝食のコンセプトを伝えることができれば大丈夫。とても良い取り組みとして理解し、ラグジュアリーなサービスの一環として受け止めてくれるでしょう。その人のためにその場で調理された、出来たての新鮮な食事を取ることができるのですから。一方で、このストーリーがきちんとお客様に伝わっていないと、不満に感じられてしまうというリスクが生じます。ウェブサイトやメールを読んでもらえず、フロントが忙しすぎて説明できなかったとすると(どうしても100%防ぐのは難しいのですが)、苦情につながってしまうのです。例えば出張客が、朝の5分でビュッフェラインから簡単に朝食を取って出かけようと考えていたのに、レストランに到着してみたら、注文してから料理が始まるアラカルトメニューしかなかったとします。するとこのゲストはすでに時間がないので、空腹のままホテルを後にし、打ち合わせに向かわなければなりません。これでは苦情につながってしまいますし、どれだけ大切なストーリーがあったとしても、そのゲストには届きませんね。
コミュニケーションがサステナブルな運営を完成させるためのパズルのピースになるのです。お客様がサステナブルなホテルの仕組みを理解し、協力し、また来たいと思ってくれるか否かはストーリーが伝わるかどうかにかかっていると言っても過言ではありません。そして、納得して賛同してくれたゲストは、周りの人たちにもストーリーを話し、輪を広げてくれる大切な存在になります。
サステナブルなストーリーが散りばめられたQOの客室/Image via QO Facebookページ
スタッフはストーリーと価値を伝える要
QOでは、すべての人がホテルの成り立ちや細部に宿るサステナビリティについてのストーリーを研修で学びます。新しく入社した人たちには基礎的な内容、そして段階を経てより複雑なストーリーも学んでもらっています。例えば、レストラン自体のコンセプト、メニュー、取り扱う食材について学びます。スタッフがゲストとの接点となり、サステナブルな価値を伝える重要な役割を担うのです。すべてのスタッフに対してホテルツアーを行い、様々なストーリーや施設、仕組みを学べるようになっています。実際に宿泊して、飲食をしてもらいます。そして、フィードバックをもらいます。多くのホテルはここまでの研修を用意しないでしょう。コストがかかりますから。けれど、新しい視点でのフィードバックは常にホテルにとっても改善点を見つける良い機会となりますし、実際に体験しないとわからないことが多くあると感じています。
また、スタッフに対してストーリーの伝達を図るのには様々なツールを使います。職場用のコミュニケーションアプリ上でストーリーを学ぶこともできるようになっており、そこで学んだ知識を積極的にゲストに伝えるように推奨しています。スタッフにも入れ替わりがありますし、ストーリーも新しいものが次々と生まれます。すべての人とすべての情報を口頭で共有しつづけることは難しいので、こういった仕組みで補っています。
循環のエンジンは「グリーンチーム」
QOでサステナブルな運営を担うのは、「グリーンチーム」です。新しく部署を作るのではなく、フロント、清掃、経理などから1人ずつが集まってこのグリーンチームを結成しました。グリーンチームは週一回集まって持続可能な運営のためのミーティングを行います。それぞれの立場の人が課題や知見を持ち込み、よりサステナブルな運営となるようアイデアを話し合い、共有します。ホテルとしての方針や新たな施策についての発表もこの場で行われます。ここでの活動や取り決めをもとにニュースレターを発行したり、四半期毎の目標に対する進捗報告、さらには研修やセミナー、外部からのゲストを招いた勉強会を行ったりしています。
取り組みが予定通りに進んでいるか確認し、さらなる改善の余地を見つけ、ホテルスタッフや顧客に施策を巻きこめる人が必要です。QOのように、各部門から1人ずつサステナビリティ・チャンピオンを選出して兼務で進めても良いですし、ホテルのサステナビリティ専属の部隊をつくっても良いかもしれません。どちらにせよ、この担当者がスタッフを代表してサステナブルな価値を伝え、生み出すアンバサダーになるのです。
QOの総客室数は288と決して小さくなく、稼働率が高い日は500人以上が泊まります。よって、目の前のゲストに対応することに注力しなければならない日もありますが、グリーンチームのメンバーは業務時間のうちおおよそ80%をフロントなどの通常業務に割き、あとの20%でサステナブルな運営のための審議に時間を使っています。
グリーンチームには自らやってみたいと名乗り出た人に加わってもらうようにしています。
私たちは「サステナブル」を売りにしたホテルです。ここで働きたいと考える人たちはすでにサステナブルなビジョンに惹かれて来てくれている訳ですから、探すのは難しくありません。長年続く「伝統的」なホテルで急にサステナブルなことをやりたい、といってチームを募っても、同じようにスムーズには進むとは限りません。人はこれまで行ってきたことを変えなければならない時、居心地の悪さや不安感を感じるものですから。よって、循環する仕組みを目指しサステナビリティを全面に打ち出すことは、採用面でも非常にプラスになっていると言えますね。
続く後編では「世界的ホテルチェーンIHGや投資家が見出す循環型ホテルの可能性【QO後編】」について解説する。
【参照】QOアムステルダム
【参照記事】 “Global Hotel Decarbonisation Report” (Sustainable Hospitality Alliance)