2050年までに100%循環経済への移行を掲げており、2020年4月には英国の経済学者ケイト・ラワース氏が提唱する「ドーナツ経済学」の概念を市の循環経済政策に採用したことでも話題を集めたオランダの首都・アムステルダム。
日本においても循環経済の先進都市として紹介されることが多く、実際に数多くのユニークな循環型スタートアップ企業らが集積するアムステルダムだが、その背景にはどのような要因があるのだろうか?
今回、IDEAS FOR GOOD編集部では現アムステルダム市長のフェムケ・ハルセマ氏、140年以上の歴史を持つアムステルダム市の廃棄物処理会社からのスピンオフとして設立された廃棄物管理会社、ハーベスト・ウェイストのCEO、エバート・リヒテンベルト氏の来日に合わせて、同市における循環経済の取り組みの現状や背景について両氏に話を伺った。
サステナビリティと経済成長は両立できる
2018年7月にアムステルダム初の女性市長として現職に就任したハルセマ氏は、2011年までオランダ下院の議長やオランダ緑の党・Groenlinks(フルンリンクス)の党首など、政界における要職を歴任。国政を引退後は、社会課題に焦点を当てたジャーナリストやフィルムメーカーとして活躍した経歴を持つ。ハルセマ氏は、一度政治の世界を離れ、なぜ2018年に市長として再び公共分野に戻ってきたのだろうか。
ハルセマ氏「市長という立場を国会議員と簡単に比較することはできません。立場も環境も大きく異なります。都市のために働くことは、政治的理想や政党のために働くこととはまったく別のものです。私はアムステルダム市民であり、アムステルダムの出身です。アムステルダムを愛している一人の人間として、市長になることはとても合理的なステップでした。それは私が唯一望んでいた行政の役職であり、さもなければよりクリエイティブな立場かフリーランサーとして働いていたかもしれません」
「私が市長になったのは、アムステルダムが自由な街だから。それが唯一の理由です。また、政界を離れたのにもたくさんの理由があります。私は12年にわたり政治に関わってきましたが、サステナビリティに対する責任感に欠けた政治的議論に疲れてしまったのです。サステナビリティについて公共の場で、または国会の場で議論することはとても難しいと感じています。なぜなら、サステナビリティは経済成長の手段ではなく、いつもその反対として認識されているからです」
フェムケ・ハルセマ氏(アムステルダム市長)photo by Masato Sezawa
「サステナブルな経済とは成長可能な経済であり、反対ではありません。サステナビリティと成長は共存するものなのです。私にとってサステナビリティは常に経済の問題であり、経済構造の問題です。最も代表的な例をあげましょう。西洋では、おそらく日本でもそうかもしれませんが、労働に対して課税をしています。しかし、それは賢明な方法ではありません、なぜなら私たちは雇用を必要としているからです。雇用は多くの人々に安全をもたらします。一方で、私たちは建物の解体や汚染に対しては課税していません。私たちは課税のシステムを変える必要があるのです。しかし、私は緑の党のリーダーとしてサステナビリティについて話す責任があり、長らく議会にいましたが、この点について合理的な議論をすることはできませんでした。多くのことが変わったのは、私が離れてからのことです」
ハルセマ氏が政治の世界を離れた2011年は、SDGsやパリ協定が採択される2015年よりも前の話だ。今でこそサステナビリティと成長は両立できるという見方も一般的となりつつあるが、当時は多くの人々がサステナビリティは成長を阻害する要因として見ていたのだ。
しかし、気候変動や格差といった環境・社会課題が深刻化するなかで徐々に世の中の捉え方も変化し、2015年12月にはEUが最初の循環経済行動計画を公表。同年にアムステルダム市も本格的に循環経済への移行を開始し、現在では循環型都市のフロントランナーとしての地位を確立している。実際にオランダはEUの中で最も循環性が高い国(34%)となっており、その心臓部を担っているのが首都・アムステルダムなのだ。
オランダの首都・アムステルダム via Shutterstock
なぜ、アムステルダムは循環経済のリーダーになれたのか?
2030年までに一次原材料の使用量を半減させ、2050年までに100%循環経済への移行を実現するという壮大なビジョンを掲げるアムステルダム市は、欧州域内はもちろん世界においても先進的な循環都市として知られており、毎日のように多くの企業や自治体が世界中から視察に訪れる。アムステルダム市は、なぜ循環経済への移行をリードする存在へとなることができたのだろうか。
ハルセマ氏「政治的な視点から話をすると、アムステルダムはリベラルな都市です。保守ではなく革新派の都市であり、それが政治的な土台を築いているので、人々は喜んで変化を受け入れますし、今ではサステナビリティを都市の核となる価値として受け入れています」
「また、2022年まで4年間市会議員を務めた緑の党出身のマリーケ・ファン・ドーニンクは非常に野心的で、ケイト・ラワース氏をアムステルダム市の公開討論に呼んでくれました。そして、ラワース氏がサステナビリティの実現に向けた新たな手法となる知的な枠組みを作ってくれたのです」
世界的に新型コロナウイルスが蔓延し、人々が雇用や生活への不安を抱えるさなかの2020年4月、アムステルダム市は2025年までの新たなサーキュラーエコノミー戦略に加え、ケイト・ラワース氏が提唱するドーナツ経済の概念を採用した「アムステルダム・シティ・ドーナツ」を公表したのだ。
ハルセマ氏「この動きは国際的な注目を集めました。それまでの議論を整理して構造化し、我々が望む方向に対する政治的支援を獲得する上でとても大きく役立ちました。私が思うに、それらの支援を引き出せた大きな理由は、これがエコロジーやサステナビリティに関する議論だけではなく、社会正義に関する議論でもあったからだと思います」
「それら2つは結びついていました。エネルギー価格が高騰し、アムステルダム市の最も脆弱な市民の暮らしにもネガティブな影響が出ているなかで、環境だけではなく社会としても変化をする理由があったのです。そして、そのコンビネーションが議論を進める助けとなりました」
もともとアムステルダムはリベラルな都市であり、変化に対してオープンな市民意識があったこと。またコロナ禍により貧困の拡大などの社会的課題が顕在化するなかで、環境だけではなく社会的公正の実現も同時に目指す「ドーナツ経済」の考え方が受け入れられやすかったことが、同市の循環経済への移行を後押ししたのだ。
暮らしやすさと経済の両立が、イノベーションをもたらした
ハーベスト・ウェイストCEOのエバート・リヒテンベルト氏は、環境、社会的側面に加えて、経済的な視点からもアムステルダムが循環経済の先進都市となった理由について説明する。
エバート氏「(アムステルダムが循環経済への移行を進めるのには)経済的な理由もあります。市長の話にもあるように、私たちはコストを生み出しているのではなく、新たな経済セクターを生み出しており、イノベーションに必要なコストを下げるための新たな方法に投資しているのです」
「また、アムステルダムでは1877年以降今日にいたるまで、同市の廃棄物管理のオーナーシップは自治体が持っており、これは廃棄物管理が民営化されている多くの国々とは異なる点です。民間企業は全く異なるインセンティブで動きます。経済だけを考えるのであれば、ゴミを集めて海に捨てるのが最も安価な方法です」
エバート・リヒテンベルト氏(ハーベスト・ウェイストCEO)photo by Masato Sezawa
「しかし、リバブル・シティ(住みやすい都市)という政治的アイデアを実現するためには、都市を清潔に保ちながら、同時に自由も維持しなければいけません。市民からはどのような都市を実現したいかについての多くの声があり、廃棄物管理会社は、企業として財務的に持続可能である必要がある一方で、それらの政治的なビジョンに適応する必要がありました」
「この状態が、イノベーションを促進したのだと思います。また、自治体、企業、市民、全てのステークホルダー同士がたくさんの議論を重ねるのがオランダ流のやり方であり、そこから全ての人々に適した解決策、イノベーションを生み出すのです。現在ではケイト・ラワース氏のフレームワークに適合させるためにはさらなるイノベーションが必要となります。今後もイノベーションは起き続けると思いますし、そのナレッジを輸出できれば良いとも思いますが、それは目的ではありません。私たちは、経済とリバビリティ(暮らしやすさ)のバランスを取る必要があるのです」
アムステルダムでは自治体が廃棄物管理企業のオーナーとなっている関係で、企業としての持続可能な事業運営と、住みやすいまちの実現という2つを両立させる必要があった。その難しさと、実現に向けたステークホルダーとの議論が、結果としてイノベーションにつながったというのがエバート氏の考えだ。
ドーナツ経済の採用から3年。アムステルダムの今
地球のプラネタリーバウンダリーの範囲内で社会的公正を実現するというドーナツ経済学の考えは、主に環境負荷(Planet)と経済成長(Profit)のデカップリングという2つの「P」に焦点を当てていた循環経済の概念に社会的側面(People)を補完するアイデアとして広く受け入れられ(※アムステルダム市がドーナツ経済学を採用した背景については「【欧州CE特集#15】ドーナツ経済学でつくるサーキュラーシティ。アムステルダム「Circle Economy」前編」を参照。)、現在ではアムステルダム市以外にもオーストラリア・メルボルンやベルギー・ブリュッセルなど様々な都市が同概念の政策への活用検討を進めている。この循環経済が持つ社会的側面について、ハルセマ氏はどのように捉えているのだろうか。
ハルセマ氏「循環経済を受け入れるということは、社会変革を受け入れるということでもあります。例えば、私たちはクラフトの価値を再評価する必要がありますし、これまでより多くのものをシェアする必要があります。また、循環経済はコミュニティに重点を置いており、モノの貸し借りなどを通じて人々の間に新たな連帯をもたらします。そのため、循環経済は、社会的な方法で、社会を変革するのです」
すでに2020年4月のアムステルダム・シティ・ドーナツの公表から3年が経過したアムステルダムでは、どのような変化が生まれているのだろうか。エバート氏はこう話す。
エバート氏「人々の意識という点では明らかな変化があり、それは最も重要なことです。アムステルダムでは、現在はリベラルな緑の党が最大党派であり、特に若い世代が支持しています。彼らは新しい服を着ることを望まず、古着を好み、車をシェアしています」
「政治ができることは、誰も車を所有したくならないように駐車場代を上げたり、裕福ではない人でも気候変動に適応できるようにグリーンエネルギーやグリーンルーフに補助を出したりすることです」
「私は、アムステルダムの政策は市民の意識と規制の双方をめぐる議論において何が実現可能なのかという点について、よく注視できていると思います。もしレンタルやカーシェアリングのサービスが存在しなければ、駐車を禁止することはできません。だからこそ、政策が早く進みすぎないようにし、一方で人々を変革を後押しできるだけの十分な早さを保つためには、コミュニケーションがとても重要となるのです」
photo by Masato Sezawa
循環経済への移行を急ごうと政策だけが先走っても、市民はついてこない。市民や企業の変化のスピードと政策のスピードを揃えながらバランスある舵取りをするために、官民が対話を重ねることが、結果としてより早い移行の実現につながるのだ。
ハルセマ氏「また、アムステルダムでは広範に社会的・経済的変化が起こっていると感じます。例えば、大手企業を見てみれば、彼らは全員が自身の変革が必要不可欠であることに気づいています。アムステルダムでは、最も重要かつ大規模な企業は空港、港湾、そして製鉄会社でした。彼らは地域を汚染し、住みづらくし、長年にわたりあらゆる環境やサステナビリティ規制に対して反対してきました。しかし、アムステルダムの暮らしやすさが危機に晒されるなかで、自分たちが変わらない限り未来はないと認識し、現在では彼らが水素などの公開討論の場において最前線にいるのです」
アムステルダム・スキポール空港 via Shutterstock
また、エバート氏はオランダでは雇用の視点からも企業が循環経済への移行する重要性が増していると説明する。
エバート氏「若い世代は仕事にパーパスを求めており、お金のためだけには働きません。オランダの雇用市場は非常に厳しく、企業は変化をしない限り、もう従業員を採用することすらできないでしょう。特にアムステルダム地域で人々を採用したいなら、どのように循環型の企業になれるかについての優れたアイデアを持っている必要があります」
アムステルダムは、どのように循環型都市の生態系をファシリテートしているのか?
IDEAS FOR GOOD 編集部も2019年にアムステルダムを訪れ、多くの団体の取材を行ったが、実際にまちを訪れてみると、行政や企業、大学、スタートアップ企業など立場を問わず人々がつながっており、市内には循環経済をめぐる一つのエコシステムが存在すると感じさせられる。アムステルダム市は、どのようにこのエコシステムを築き上げてきたのだろうか。
ハルセマ氏「補助金や規制も大事ですし、研究機関との協働も重要です。例えば大学らが連携しているAmsterdam Institute for Advanced Metropolitan Solution(AMS Institute)は、都市全体をリビングラボとして活用しています。また、アムステルダムにはスタートアップ支援プログラムもありますし、Circle Economyをはじめとしてたくさんの民間のイニシアチブやスタートアップ企業のためのインキュベーション施設があります。彼らが同じ場所で交流し、アイデアを生み出していくのです」
「また、私たちは過去2世紀にわたり、『妥協』する文化の中で暮らしてきました。それは、政治、文化、宗教において絶対的なマジョリティがいないというオランダだからこそ育まれた知恵でもあります。宗教的にも、文化的にも、常に妥協せざるを得なかったのです」
「これはしばしば研究の対象にもなってきました。例えばフランスや英国のように激しい政治的衝突があり、よくストライキが起こる国々と比較して、オランダは妥協のおかげでより早く変化を起こすことができるのです」
photo by Masato Sezawa
多様なステークホルダーが同じ場所に集まって議論を重ね、全員が納得する妥協点を見つけ、解決策を作り上げていく。オランダの歴史が築き上げたこの文化が、生態系の栄養源となっているのだろう。
エバート氏「例を一つ挙げましょう。アムステルダムでは、廃棄物管理会社が新しい廃棄物発電施設の建設を望んでおり、市民は反対しました。しかし、アムステルダム市の政治家は、私たちは廃棄物を輸出するつもりはない。これは私たちの廃棄物だと主張し、この案に賛成しました。これは8年間にわたる討論だったのですが、その結果として最もクリーンな廃棄物発電施設が生まれました。これこそが、私たちの解決策の見つけ方なのです」
成長の定義に、人々の幸福を含めよう
日本においても、ここ数年の脱炭素に向けた流れの中で循環経済への移行を進める自治体や企業は急速に増えている。これから循環経済への取り組みを進める上では、どのような点に留意すれば良いだろうか。最後に二人に聞いてみた。
エバート氏「全てのステークホルダーの声を聞くことです。全ての地域に適用できる解決策はありません。それは社会的構造や物流なども含め、それぞれの地域の状況に依存するものだからです」
ハルセマ氏「サステナブルな経済は、成長する経済であるという認識がとても重要だと思います。それは成長を最大化するものではないかもしれません。恐らく日本においても、多くの人々がサステナビリティとは、貧しくなるということであり、人生における機会が減ることだと考えているのではないでしょうか。しかし、それは真実ではありません。多くの国や業界が示しているように、サステナブルな経済は長期的な繁栄をもたらすのです」
「私は、日本はとてもユニークな立場にあると思います。日本は、長きにわたり、繁栄とはお金のことだけではなく、よい教育であり、よい市民であり、伝統であり、コミュニティであるということを理解しているからです。人々を幸せにする方法はたくさんあります。経済成長の定義を、福祉や教育、スポーツ、余暇など、人々を幸せにするあらゆる物事にまで広げることができれば、成長とサステナビリティの間に分断はなくなるのです」
駐日オランダ王国大使館にて photo by Masato Sezawa
取材後記
二人の話を聞いて感じたのは、アムステルダムの循環経済への移行の道のりは、オランダの文化や社会のあり方と密接に結びついているという点だ。特定のマジョリティが存在しない多様な都市だからこそ、オープンかつリベラルで、変化を受け入れやすい土壌があること。
また、多様なステークホルダーがオープンかつパブリックに討論を重ね、全員が納得できる最高の妥協点としての解決策を見つけにいくというスタイルが根付いていること。こうしたオランダの社会的背景が、循環経済への移行を促進するドライバーとなっているのだろう。
また、循環経済という概念そのものも、環境、社会、経済の全てにまたがる非常に包括的な概念であり、ある意味ではあらゆるステークホルダーが議論に参加できる余白を作りやすい概念とも言えるかもしれない。
最後にエバート氏が指摘していたように、アムステルダム市の手法を文化も社会も異なる日本にそのまま適用することは難しいかもしれない。一方で、ハルセマ氏が残してくれた言葉にあるように、日本には日本ならではの文化や伝統に紐づいた「繁栄」に対する考え方があり、自然と調和し、共生してきた歴史がある。
循環都市・アムステルダムの事例と実践に学びつつ、その眼鏡をかけて日本という国やそれぞれの地域が持つ文化・社会的な資源を見つめ直してみることが、循環経済への移行に向けた一歩目になる。そう感じさせられる取材だった。
【参考サイト】City of Amsterdam “Policy: Circular economy”
【参考サイト】Amsterdam Circular Strategy 2020-2025(PDF)
【参考サイト】Amsterdam City Doughnut(PDF)
【参考サイト】Femke halsema
【参考サイト】Harvest Waste
【参考サイト】Amsterdam Institute for Advanced Metropolitan Solution(AMS Institute)
【参考サイト】Circle Economy
【関連記事】IDEAS FOR GOOD「欧州サーキュラーエコノミー特集」
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。
IDEAS FOR GOOD Editorial Team
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