大切な予定のある日、電車を降りると外は急な雨。お気に入りの洋服を濡らしたくないし、傘を買っても小さな鞄には入らない。そんなとき、待ち合わせ場所までのほんのわずかな距離だけ、雨が降り止むまでのほんのわずかな時間だけ傘が使えたらどれだけ便利だろう。雨が降るたびにそう願ってやまないのは、実はあなただけではないのだ。

私たちをたびたび困らせるこの雨と傘の問題解決に立ち上がった人物がいる。傘のシェアリングサービス「アイカサ」を展開する株式会社Nature Innovation Group代表取締役、丸川照司さんだ。本記事では丸川さんへの取材をもとに、人々の暮らしと環境を多面的に支えるアイカサの革新的な仕組みを紐解きながら、2020年アイカサが新たに挑む協働プログラム「Ziploc RECYCLE PROGRAM」が叶える新たなビジネスモデルについて探る。

アイカサとは

──「アイカサ」は、近年日本でも話題となっているサーキュラーエコノミーの実践例として日本国内で急成長を遂げる、今まさに注目の傘のシェアリングサービスだ。

丸川さん:アイカサは2018年に東京を発信地としてサービスを開始した、傘のシェアリングサービスです。専用アプリを使って街中に設置された傘スポットの傘立てのQRコードをスキャンするだけで、簡単に傘を借りることができます。返却も、同じく街中に多数ある傘スポットを選んで好きなときに返却が可能です。

傘スポットは2020年8月現在、首都圏を中心とする関東圏のほか、関西や名古屋、福岡など全国に約700箇所です。利用料は24時間で70円と、費用面ではビニール傘を購入するよりもかなり安く抑えることができます。

スマートフォンの専用アプリを使用して傘の貸し出しを行う

雨の日に、誰もが直面するあの悩みを解決

──年間平均100日以上も雨が降るとされている日本国内では、雨と傘を巡っていくつかの問題が浮き彫りになるという。

丸川さん:日本の気候では、降水日数が多い上季節によって降水量にばらつきがあります。そんな独特の気候条件のもとでは、傘の消費に対し大きく3つの負があると考えています。それは、「必要なときに傘がない」「傘を持ち歩きたくない」「何度も傘を買いたくない」です。

消費者の抱えるこれらの悩みは、国内の使い捨てビニール傘の消費量に顕著に現れています。例えば都内で一雨降ったとき、数百万人が雨に困り、何万人もの人が傘を購入します。その結果、日本全国では年間約1.2億本~1.3億本の傘が消費されています。さらに、その約6割にあたる約8,000万本がビニール傘で、多くの傘が街中に忘れられたり壊れたりと、廃棄に繋がっています。

インフラが整っていてどこでも簡単に傘が手に入るということもあり、雨の多い国でありながら実は傘を持ち歩く文化は根付いていない、それが日本なのです。

出先で突然の雨に見舞われたとき、ずぶ濡れになるわけにもいかず仕方なく傘を購入した経験のある人は多いと思います。しかし、その時に私たちが傘を購入する理由は「ただ濡れたくないから」です。傘が自体が欲しくてその都度購入しているわけではないのです。そんな「やむをえず傘を買う」という少々ネガティブな体験をこれ以上しないために、アイカサのシェアリングサービスはあります。仕方なく購入される傘の数を減らし深刻な廃棄物問題にアプローチすると同時に、消費者が直面する複数のストレスを解消するという仕組みです。

故障の先は廃棄ではなく再生

──アイカサが提供する傘は、人々の悩みを解決するだけではない。高耐久かつ修理可能というその特長が、人だけではなく地球にも優しい循環型の経済を生み出している。

丸川さん:安価なビニール傘や折り畳み傘の多くはあまり丈夫ではなく、それゆえ使い捨てという印象をお持ちの方もいるかもしれません。アイカサでは傘の耐久性にこだわるべく、株式会社サエラさんとの協業により丈夫な素材を使用した傘の貸し出しを可能にしました。傘が多くの人々にシェアされることを踏まえても、2年以上は問題なく使用できるような高耐久の設計です。

さらに協業によって生まれた傘は、もしも骨が一本だけ折れてしまってもその一本だけを取り替えられる仕様になっています。そのため、壊れてしまっても何度も何度も修理を施すことで末長く使用可能なのです。

そして、私たちのサービスで傘を修理可能にすることにこだわっているのは、経済効果を高めるという理由からです。傘の寿命を伸ばせば伸ばすほど1本の傘がより多くの人の手にわたり、その結果利益率が上がるというビジネスモデルを作り上げました。そして、たとえ高耐久な傘であってもいずれは壊れるときがきます。その場合でも、リペアサービスと組み合わせることで故障の先が廃棄ではなく再生となるのです。これは、プラットフォームサービスを提供するアイカサだからこそできる取り組みであると考えています。

循環モデルを生み出すコラボレーション

──アイカサはサービス開始当初から着実にその実績を伸ばし、全国でシェアされている傘の本数は15000本に迫る勢いだ。このサービスは、なぜこれほどまでに急成長を遂げているのだろうか。

丸川さん:これまでに設置してきた傘スポットの多くは、鉄道の駅周辺です。数多くの鉄道会社からの支援を受けて設置数を増やしてきたことは、サービス拡大の要因の一つといって間違いありません。

皆さんも、傘を使う立場として雨の日の駅で傘に困るという場面に一度は遭遇したことがあるでしょう。一方、傘の提供者としても様々な課題を抱えているのは、実は鉄道会社なのです。多発する傘の忘れ物処理をはじめ、過去には傘の無料貸し出しを行っていたこともあるそうです。鉄道会社も様々な努力をして雨と傘の問題に対処しています。

そのような状況で、鉄道会社の「雨の日の悩みを軽減したい」という願いと、アイカサの「雨降りでも人々の移動を快適にしたい」という思いが合致して、取り組みが進んできました。さらに近年はベンチャー企業との取り組みも増えており、オープンイノベーションの流れが強まっています。そのため鉄道会社内でも他企業と手を取り合うことに積極的な動向があり、アイカサを通しての企業間の連携も実現しました。

駅周辺という人が多く行き交う場所に設置された傘スポットや、実際にアイカサの傘をさして歩いている人の存在が、アイカサのブランドバリューの浸透に結びついていると思います。これからアイカサのサービスを使ってみたいという人にとっては「いつもの駅で見かけるアイカサ」というその信頼度から、サービスに対する安心感を抱きやすいのだと考えています。

ジップロック®︎を回収して傘にアップサイクル

──そしてアイカサは7月29日、旭化成ホームプロダクツによる新規プロジェクト「Ziploc RECYCLE PROGRAM」への参画を発表した。このプログラムでは、プログラムオーナーである旭化成ホームプロダクツのほか、テラサイクルジャパン合同会社(以下、テラサイクル)、「BEAMS COUTURE(ビームスクチュール)」を展開する株式会社ビームス(以下、ビームス)との協働で傘のシェアリングサービスに挑む。

丸川さん:「Ziploc RECYCLE PROGRAM」は、廃プラスチック問題と使い捨て傘の廃棄問題に着目し、それらの解決に貢献することを目指すプログラムです。使用済みのジップロック®︎を回収し傘にアップサイクルしていきます。そしてプログラムオリジナルのジップロック®︎デザインを施した傘をシェアリングサービスで人々に提供します。このプログラムでは、使用済みジップロック®︎の回収とリサイクルをテラサイクルが、傘のデザイン監修をBEAMSが、傘のシェアリングサービスの提供をアイカサが担当します。リサイクルされたジップロック®︎デザインの傘は、9月16日から東京、西武池袋線の池袋〜飯能駅を中心に都内で貸し出しを開始しています。

プログラムでは、1000本の傘を生産しました。傘一本につき約96gのジップロック®︎(フリーザーバックMサイズ約16枚分の重さに相当)を使用し、1000本の傘に対し約96,000gのジップロック®︎(フリーザーバックMサイズ約16,000枚)が再利用されます。また、我々アイカサの試算では、傘を要する雨の日を年間で100日とし、その100日の中で今回生産される1000本の傘全てが稼働すると、サービスを提供する1年間で10万回利用される見込みです。廃プラスチック問題や使い捨て傘の廃棄問題へ貢献できることを嬉しく思います。

──まさにサーキュラーエコノミーの理想モデルともいえる「Ziploc RECYCLE PROGRAM」の4者協働プログラム。このような適材適所のコラボレーションは、どのようにして実現したのだろうか。

丸川さん:今回協働する4者は、SDGsをはじめとする社会問題に関心を寄せてきた企業です。プログラムオーナーである旭化成ホームプロダクツが持つ他企業とのつながりが、今回の協働を実現しました。我々アイカサも、「Ziploc RECYCLE PROGRAM」の取り組みとその趣旨に賛同し、参加を決めました。

このコラボレーションの素敵なところは、協働4者それぞれが持つネームバリューや技術が最大限に発揮され、人々にサーキュラーエコノミーに触れるきっかけを提供できるところです。ビームスによる傘のデザインではジップロック®︎の特徴的なロゴや青とピンクの配色を活かし、誰もが使いたくなるようなインパクトのあるオリジナル傘が完成しました。そして、その傘の生産にはテラサイクルの持つプラスチックのアップサイクルに関する知見が欠かせませんし、その傘を人々に届けるために我々アイカサのプラットフォームが必要とされています。

加えて、ジップロック®︎はそのデザインが広く愛されているだけでなくその強度も抜群です。アイカサが求める繰り返しかつ長期間の使用に耐えうる素材としては、高耐久のZiploc®はまさにもってこいなのです。

アイカサで毎日をもっと楽しく

──コロナ禍で、人々の外出機会が減っている。その変化はアイカサの事業にどのような影響をもたらしているのだろうか。最後に、アフターコロナ・ウィズコロナの時代の事業展開や、アイカサの今後の展望について伺った。

丸川さん:新型コロナウイルスの影響で、長距離移動による傘の利用は減少している一方、短距離移動に傘を必要とする人が増加しています。これまでのアイカサの利用傾向は人口の多い首都圏や大都市に集中していましたが、最近では生活圏内での利用にも需要が出てきました。

コロナ禍における新たな需要の発生は、アイカサのサービスが次のステップに移行するきっかけなのかもしれません。ウィズコロナの社会で人々に役立つサービスを提供し続けるために、今後は市街地でも自動販売機と同じくらい簡単にアイカサの設置スポットが見つかり、そして同じくらい気軽に利用できる存在となることを目指したいです。

またサービスプラットフォームを提供する者として、いずれは飲食店や小売店の支援にも挑戦してみたいです。例えば「雨の日割引」のような雨の日の販売促進に取り組んでいるお店は数多くありますが、その情報はあまり世間に出回っていません。そのため、雨の日はどうしても安定した集客が見込めず、「雨の日=売り上げ減」が業界では当たり前となってしまっています。今後アイカサの利用者が大幅増加した際には、雨の日の活性化にも取り組むことができたら嬉しいです。

アイカサでは、我々のサービスで人々の毎日がほんの少しでも楽しくなることを願って、これからも社会の役に立つ活動に励んでいきます。

まるかわしょうじさん
取材に応じてくださった、株式会社Nature Innovation Group代表取締役 丸川照司さん

編集後記

アイカサの取り組みをサーキュラーエコノミーの視点から分析すると、学ぶべき点が非常に多い。まず、同社は自社でバリューチェーンを完結させようとするのではなく、サーキュラーエコノミーの実現において欠かせない他企業とのコラボレーション(協働)を前提として事業を展開しており、循環の輪を閉じるために各社が強みを持ちより、補完しあうパートナーシップの構築に成功している。

次に、使用済のZiploc®︎などバージンではない素材の活用で環境負荷を抑えつつ、傘にはリペアラブルなサーキュラーデザインを取り入れることで、製品寿命の延長にも取り組んでいる。また、製品を売り切るのではなくシェアリングモデルを適用することで、製品寿命を伸ばすことが経済的に合理的な選択となるようなビジネスモデルを実現している。加えて、ユーザーの利便性を高めるためにIoT技術を取り入れている点も秀逸だ。

アクセンチュアはサーキュラーエコノミーの5つのビジネスモデルを公表しているが、そのすべてを採り入れているのがアイカサのビジネスなのだ。

そして、もちろんその主役にいるのは傘やジップロック®︎を利用する私たち一人一人の消費者だ。消費者からの協力なしに、アイカサのビジネスモデルは成立しない。

また、「Ziploc RECYCLE PROGRAM」では、2020年7月29日よりテラサイクル公式ホームページにて使用済みジップロック®︎の回収を開始した。製品は個人単位での提供も可能で、回収は2kgからとしている。

アイカサの取り組みにユーザーとして参加したいという方は、職場や学校など団体でまとめて寄付してみてはどうだろうか。今後、街でジップロック®︎デザインの傘を見かける日が楽しみだ。

 

アイカサ|公式ホームページ

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※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。