クリス・モナガン氏は、2050年のアムステルダムにタイムトラベルし、サーキュラー都市型食料モデルとスマート農業による生産が、どのようにアムステルダム市民に食料保障を提供しているかについて見てきたことをレポートする。

※この記事は、2021年1月28日、オランダのシンクタンクMetabolic社ウェブサイトに掲載されたクリス・モナガン氏による記事を許諾を得て筆者が翻訳しています。

若い人が農家になりたいと希望し、知識を共有し合い、組織は利益のためではなくサステナビリティと人々のために活動する社会だ。BioMakeryにあるレストランでは、ずっと食べたいと思っていた夢のような食事を「プリント」してくれる(悪夢のようなカーボン・フットプリントとは無縁の食事だ)。アムステルダムのグリーン・ライト・ディストリクトは世界じゅうから注目を集めているーーー。

目の前にある「プリント」のボタンを押す。ウィーン・カチャッという音とともにプリンターが稼働したかと思うと、またたく間にクリーミーなロブスターのビスクスープがプリンターのノズルから皿に出てきた。ひとくち飲んでみると、故郷のニュー・イングランドで子どものころ食べた記憶にある通りの味がする。

息子のデイビッドが材料、味、栄養素のプロフィールをスキャンし、食事を選択する。選んだのは家族旅行でバルセロナに行ったときに大好きになったパエリアだ。そして同じように「プリント」を押す。

私たちが今いるのは、アムステルダムの都市型BioMakeryにあるレストラン、3Dリシャス・カフェだ。どんな味のどんな料理でも、その場で作りたてで提供してくれる。しかも、完全ヴィーガンだ。

今日はデイビットの16歳の誕生日だ。アムステルダムにBioMakeryが開業したのはちょうどデイビッドが10歳の誕生日を迎えた2044年7月2日。以来、私たち家族は彼の誕生日に毎年必ずこのBioMakeryに来ることにしている。幼いころから科学技術に並ならぬ情熱を注いでいた息子をここに連れてきたのは正解だったと思う。あの日彼は、フード・システム・エンジニア(今や医者のようにみんなが憧れる仕事だ)になりたいと心に決めた。

毎年デイビッドは自分の誕生日になると、アムステルダムの食料システムを隅から隅まで見て回る。アムステルダムの食料システムは持続可能な社会をつくるために大きな進歩を遂げ、世界じゅうから注目されるほどだ。まずは3Dリシャス・カフェに立ち寄り、その後BioMakeryがこの一年でどれほどに進歩したか見て回るツアーに出るのが恒例になっており、今年の16歳の誕生日もこうしてここに戻ってきたわけだ。

BioMakeryはアムステルダム市が20年以上かけて準備してきた拠点で、建設に3年、調整に2年ほどかけて6年前にようやく開業にこぎつけたものだ。このBioMakeryはバイオ加工処理センターが併設された巨大な都市型垂直農業のファームで、食品・飼料・繊維を生み出している。素晴らしい科学と技術が融合して生み出されたこの場所は、公共利益のためにつくられており、新時代の経済思想を象徴している。

アムステルダムの食料システムの中心は、地域の農業システムのブレーンとして機能するアグロエコロジーのナレッジ・センターだ。地元の人々が「ファームラボ」と呼ぶこのセンターは、水耕栽培や土耕栽培などにおける先進的な生態学的アプローチを探求するために2024年に発足した。農地や自然・水・木・牧草地、そして文化の要素がモザイクのように入り交じる。空には昆虫の鳴き声が響き渡り、何十種類もの鳥の鳴き声が聞こえる。ここでは、過去数十年の間に生物多様性が復活を果たした。私が若かった頃、昆虫や鳥は数が減り危機にさらされていたが、今ではスズメのような絶滅危惧種も繁栄している。

昔は農家になりたがる人は少なかったが、今では違う。技術的進歩は農業を手軽にし、土地利用の政策を大胆に変革することによって若い人が土地にアクセスできるようになったのだ。多くの農家ではロボットが刈り取りと苗植えを行うため、農家というのはどちらかというと生態系エンジニア、データ管理者といった役割を担う。土壌と植物の健康を音楽に例えれば、オーケストラの指揮者といったところか。

ツアーガイドのマリエの案内で、ファームラボのメインの土壌エリアから歩く。ある場所では、ハーブや低木、樹木が何層にも茂るなかを放し飼いのニワトリが歩いている。りんごの木は果実を実らせ、ハンノキは窒素で土壌を豊かにし、ヤナギの木は地表を風の侵食から守り、クルミの木は価値ある作物を提供してくれる。ニワトリが地表近くの昆虫や、落ちて腐った果物、雑草を食べてくれるため、病気や害虫を果樹園に寄せ付けない。同時に、フンをすることでリンなどの栄養素は土に還され、肥やしとなる。バランス良く植えられた被覆作物は雑草を抑え、ニワトリにとっては栄養価の高い餌となる。

オランダ・ロッテルダム市街地のビル屋上にある屋上野菜農園 (Image credit – Metabolic)

次の目的地は水生生態学ラボだ。アムステルダムの美しい水辺に沿って歩くと、運河をまたぐようにセミ・オープンの温室があり、中央は船が通れるように四角く切り取られたようになっているのが見える。運河には四角い囲いがのぞく。支柱の上の格子状のレールの上をロボットアームが行き来し、中央が円柱形になったケージを持ち上げている。このケージの構造は藻類や牡蠣、アサリ、ムール貝を養殖するのに最適な環境になるよう設計されたものだ。両端の囲いには魚が入れられていて、植物や甲殻類と一緒に共生する養殖システムをつくりあげているのだ。マリエが、ロボットアームが水からケージを取り出して収穫・検品する様子を見せてくれた。

ファームラボの真ん中に戻ってきた。ここには2階建ての建物がいくつも並んでいてファームラボの加工・流通機能の中核を担っている。農場での加工と流通の工程が常に最適に保たれているため、ファームラボを手頃な価格で効率的に所有、共有できるのだ。

ある建物ではクルミやヘーゼルナッツ、多年草の豆類、果物、野菜、キノコ類が加工・パッキングされる。ファームラボ内で収穫された木・海藻・藁などを、建材・燃料・栄養補給食品などに加工するための下処理もここで行われる。

またある建物では、アムステルダムじゅうに届けるために、作業員が生鮮食品や加工食品、食べ物以外の製品までもを電動自転車の大きな前カゴに積み込んでいるところだ。製品を積んだ小型の荷台が全自動で走り回っており、作業員が手際よくスキャンして電動自転車の荷台に積み込む流れだ。電動自転車はワイヤレスで充電でき、さらには自動操縦モードに切り替えられるので、宅配員はリラックスしていられるわけだ。

続いての目的地は操縦室、ファームラボの中枢だ。壁一面のモニターにはリアルタイムのデータが映し出されており、ファームラボを最適化した状態に保ち、研究の進行を注視することができる。マリエの説明によると、リアルタイムデータを駆使することで、例えば完全自動化された鶏舎では、害虫や病気にかからないようにニワトリを状況に応じて分散させたり、栄養補給ができる場所に誘導するなどしている。また、農家はデータによって、ある農作物の収穫が完了したあとにどの植物を植えれば生態系を模して土壌の健康をより良くしていけるかを知ることができ、同じ情報はそのまま指示としてロボットにも行き届くようになっている。

次の目的地は、冒頭述べたアムステルダムで最も勢いのある複合施設の都市型BioMakeryだ。正面には大きなドーム型の温室が二つあり、屋内果樹園として一般に開放されている。入り口には水と緑が織りなす壁があり、通路を通って中央エリアに行くと、この場所が地元の人々に何を提供しているのかを展示で知ることができる。ホログラムが、街じゅうやこの施設のなかをどのように資源や水、エネルギー、栄養が流れているかを映し出している。目の前の台には拡張現実(AR)によってアムステルダムの食料システムとこの施設の歴史が浮かび上がっている。もう一つのインターフェイス上では、訪問者が、様々なアウトプットを選択すると、選択に応じてバランスの取れた相乗効果のある食料システムの作り方を知ることができるのだ。

私たちが入るとすぐに、ガラスの個室はレールの上を滑るように動いて、BioMakeryのなかを見せてくれる。トンネルを抜けるとそこには、この施設の歴史が事細かに明かされていた。

「この施設は、当時まだ構想だったものをモデル化するために、デジタルシミュレーションとして生み出されました。科学者やエンジニア、システムアーキテクト、政策立案者らにとって、異なる規模で、テクノロジー・政策・コラボレーションがどのように相互影響をするか理解する術が必要だったためです。このシミュレーションによって、何百、何千ものパターンでシミュレーションを行った結果、最適なサイズ・プロセスの組み合わせのBioMakeryが導き出され、さらにはその場合に発生する相互依存性、リスク、技術ギャップ、経済合理性なども明らかになりました。バイオファイナリー(バイオマスを原料にバイオ燃料や樹脂などを生成すること)の技術が向上し、ついに技術的にシミュレーションを現実のものにできるようになった2038年、この施設は着工されたのです…。」

私たちの乗っている乗り物がフットボール場ほどある広い部屋に入った時、私は思わず息を飲んだ。私たちをぐるりと囲むように、葉物野菜やハーブ、ピーマン、ベリー、食べられる野草や花が植えられており、床から天井までタワーのようにそびえているのだった。ここはBioMakeryのメインの植物生産ゾーンだ。ロボットがせわしなく動き回り、食べごろになった作物のトレイを回収しながら、代わりに新しい苗の載ったトレイを設置するためにジグザグに走っていく。私たちの頭上には透明なガラスの天井があり、自然光と人工光が降り注いでいる。

すると、音声ガイドが、これから菌類ゾーンに入ることを教えてくれる。暗闇の中でキノコや菌類を生産する場所だ。ここでは作業員たちが「ウサギスーツ」に身を包み、目の前を柔らかな光で照らす特殊なメガネをかけ、作業台の上を移動しながらマッシュルームを収穫しては、新たな種駒を植えていく。

すると急に辺りが明るくなった。どうやら私たちの乗り物は次なる部屋、バイオ加工ハブに入ったようだ。太陽光が温室のガラスを通してさんさんと降り注ぎ、緑藻類の入った大きなバイオリアクターの上に陽だまりをつくっている。この装置は、生体触媒を用いて生化学反応を行うもので、フードプリントに必要な栄養分を生成しているのだ。キノコを育てるのに使ったオガクズは大型加熱器でバイオ炭に変えられて地域の農家に配られる。オガクズが分解されて凝縮される過程は熱分解と呼ばれ、これを撒くことで土壌の質を劇的に向上させることができるのだ。

私たちの乗り物はバイオファイナリーに近づく。これは一つの材料からバイオケミカル、バイオガス、バイオエタノール、堆肥などを抽出できる機械だ。それからいよいよ流通拠点に到着した。作業員たちがロボットの助けを借りながら検品と品質管理を行い、完成した製品を梱包・出荷する。

キノコの繊維を圧縮してつくった木箱は、ベルトコンベアに積み上げられ、船に乗せられて各地に運ばれる。一部は電動カーゴバイクに積み込まれて配送されることになる。

BioMakeryは地域の電力会社、政府、サプライヤー、顧客が共同で所有しており、NASAや欧州宇宙機関とのコラボレーションも頻繁に行われ、食品の生産や加工をさらに効率化するためのイノベーション開発が行われる拠点となっている。BioMakeryで生成された知識は、非営利団体には無料で提供され、民間企業には安価でライセンスを得ることができるようになっている。BioMakeryは公益のために運営されているためだ。このアプローチは世界からも注目を集め、実際に何百もの同様の施設が世界じゅうにつくられることとなった。アドバイスやサポート、研究協力などの要望が非常に多かったため、BioMakeryは世界の他のイニシアチブをサポートするための専門チームを設立したほどだ。

アムステルダム市街地北部にあるグリーンライト・ディストリクトに行くために自転車にまたがる。2030年代、アムステルダム市はこの地域にサーキュラーエコノミーのパイオニアとして、農業、建物、水、エネルギーなどのイノベーションを促進するための複合施設を建設した。この名前は、アムステルダムのレッドライト・ディストリクト(売春が合法だった「赤線地帯」)を皮肉ったもので、オランダは新しいチャプターを迎えたという意味が込められている。グリーンライト・ディストリクトは大都市の中にある小さな街のようになっていて、建物は六階建てという決まりがあり、すべての建物の屋上には一般に開放され、園芸スペースなどになっている。上の階を一般向けのスペースに当てることで、地上階は暮らしに重要なサービスを提供するために使うことができる。デイビッドと私はグリーンライト・バザールという、小さな食料品店やブルワリー、カフェ、洋服屋、修理キオスクなどのあるエリアに来た。ここにある「リバース自動販売機」は、電子廃棄物や生ごみなどの資源を持ち込むとその代わりにおもしろい製品やサービスを提供してくれる。オープン・フード・ラボでは、拡張現実(AR)を使うことで、訪れる人が様々な食の取り組みを発見することができるようになっている。「食と農業ヘルプデスク」では、都市に暮らす住民と近郊農家の人たちが情報と資源についてのサポートを得られる。

続いて私たちが足を踏み入れたのは、アグテック・ベンチャー・ハブだ。ここには試作品をつくるためのバイオラボと製作現場、誰でも入居できる大きなコワーキングスペース、プレゼンテーションやイベントなどに利用できる大きなシアターがあり、50ほどのスタートアップが入居している。アグテック・ハブは社会的価値をもたらす製品やサービスを提供する、ミッションドリブンのスタートアップだけを受け入れる。代わりに、スタートアップは安価な賃料と様々なリソースにアクセスすることができる。スタートアップの聖地であるこの場所でも、利益追求型の企業に対しての風当たりは強いものになっているのだ。ここはいつでも人々がひたむきに働き、情熱を注ぐ、にぎやかな場所だ。

アグテック・ハブから道をはさんで向かい側にあるのは、グリーンライト・ディストリクトのコミュニティ農園がある。先程のアグテック・ハブとは打って変わって、ここでの時間はゆっくりと流れる。農園の周りには大きな生け垣が茂り、まるで緑に囲まれた静寂のオアシスだ。ここに来るだけで慌ただしい大都市での暮らしから抜け出してリラックスすることができる。

デイビットと私は電車に乗って家路についた。デイビッドは、今日行く先々で新たな発見を書き込んだノートを読み返すことに没頭している。私たちの祖父母の世代は、気候変動という大きな負の遺産を残し、私たちはそのツケを払うために様々な対応を迫られることとなった。しかしその結果、今日訪問したBioMakeryといった取り組みや、デイビッドのような今後を担う有望な若者たちは、確実に地球環境に良いインパクトを与え続け、複雑な課題を解決しようと取り組んでいる。

地球の未来は明るい。

【参照記事】Envisioning urban food systems: a journey through Amsterdam in 2050