よりサステナブルな食料システムの構築を目指す上で、有機農業については相反する意見がある。

有機農業は食の生産から化学肥料を排除することを主たる目的とし、従来型の農業に比べ数々のメリットはある。一方で、この方法で同じ量の食料を生産するためには現在よりもさらに広大な自然の土地を切り開いて農地に転換しなければならないなど、課題も指摘される。

※この記事は、2021年1月28日、オランダのシンクタンクMetabolic社ウェブサイトに掲載されたMathieu Dasnois氏とMax Opray氏による記事を許諾を得て筆者が翻訳しています。

国際的な総合科学ジャーナル「Nature」に2016年に掲載されたメタ研究(総合解析)によると、有機栽培の収穫量は、従来の収穫量に比べて平均25%低いことがわかっている。 2100年までに世界人口は109億人に達すると予測される中、収穫量の低下は、有機農業の基本的な手法を改善しない限り、土地利用量や森林破壊の増加につながる可能性がある。これらの研究は、同じ農場で同じ作物を栽培することを前提としているため、短期的には非常に合理的だが、ある作物を他の作物よりも良く栽培できるようになったり、将来の生産のために土壌を再生したりする有機農業の可能性を否定することになる。では、有機農業に取り組む意味はあるのだろうか。

オランダのサーキュラーエコノミーに特化したコンサルティングファームのMetabolic社で農業食品・生物多様性を担当するブライアン・ショー氏によると、有機食品生産の主な問題点は、従来の農業よりも生産性が低いことや輸入量が増える可能性があるということではなく、現状の食料生産における課題解決につながらないことだという。

「正しい方向への一步ではありますが、私たちが目指すべき目標を達成するのには足りないのです」とショー氏は話す。 「例えば、オーガニック認証を受けた食材も、何千キロもの距離を輸送されます。すべてを有機農業で生産するだけでは、私たちに必要な自然の状態を実現するには不十分なのです。単に農薬を減らすだけでなく、よりリジェネラティブな方法で農業を行う混作・複合型(ポリカルチャー、同一空間の中で複数の作物を栽培し、自然の仕組みを模する)システムに移行するなど、より複雑なシステムとして考える必要があります」

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一方で、有機農業は食料システムの目指すべき形の基礎を提供してくれる。それは、具体的にどのようなことだろう。

有機農業の定義

有機農業とは一般的に、農薬・合成肥料・下水汚泥・遺伝子組み換え・電離放射線などを使わず栽培する方法を指す。食肉・鶏肉・卵・乳製品を生産する過程で、家畜には抗生物質や成長ホルモンを投与しない。

ある意味で、有機農業とは農業の初心に立ち返ることだ。20世紀以前はすべての食料は「オーガニックな」方法で生産されていた。しかし農業部門の工業化に伴い、生産効率を高めるために化学肥料や化学農薬、遺伝子組み換え食品などが導入された。

1940年代には、農場を有機体として捉えて全体で生態学的にバランスのとれた農業のあり方を求める反対運動が起こった。

農業分野における規制はほとんどが自主規制のため、有機食品の国際的な定義はない。有機農業に関しては、EUの規制を始めさまざまなオーガニック認証制度や規制、要件などが乱立する。

ショー氏は、オーガニックが良いのか悪いのか判断するのが難しいのは、明確な定義がないことが原因だと主張する。「オーガニックにはさまざまな認証基準がありますが、それぞれの基準は大きく異なっています」

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検討すべきトレードオフ

ほとんどすべての定義の有機農業は農薬による環境被害を解決してくれるが、他にも数多くの環境課題は存在する。ひとつの課題解決に取り組むために、別の課題が助長されてしまうこともある。

自然科学分野の学術誌「Nature Communications」に2019年に掲載された研究は、イングランドとウェールズの農業をオーガニックに切り替えることで引き起こされる温室効果ガスについて指摘している。

この研究によってわかったのは、有機農業によって、生産の過程で多くの温室効果ガスが発生する化学肥料への需要を減らし、土壌に炭素隔離することで、温室効果ガスを一部削減するということだ。

しかしこれは一方で、面積あたりの生産性を低下し、自然保護区域のような生物多様性保全のために確保された土地を奪ってしまう可能性があることで相殺されてしまうのだ。さらには、もしも生産のための土地が確保できない場合、足りない食料を補うためにより多くを輸入する必要が出てくる。輸入先の土地で集約農業も行われることになるだろう。この研究は、輸送の工程によって総排出量が増加すると試算している。

この研究結果については議論の余地が残るものの、すべてオーガニックにする、化学肥料や温室効果ガスへの対処だけ考える、といったひとつの解決策や分野にだけ集中してしまうことによるリスクは大きい。

このようなアプローチは、ひとつの問題から別の問題へと負担をただ移動させるだけとなってしまう危険性を孕む。二酸化炭素の排出量を減らすために他の分野のプラネタリー・バウンダリーを侵害してしまったり、土壌の質を向上させる一方で二酸化炭素の排出量自体は増加してしまったり、といった具合に。

土を耕すと、通常地表から20〜50センチの上層部に空気が入る。こうすることで短期的には植え付けが容易になるが、長期的に見ると土壌の生産機能を著しく損なうことにつながる/Image via Metabolic

Metabolic社の生物多様性&アグリフードシステム・コンサルタントのルイサ・ダーキン氏は、農業は数多くの環境課題に同時に取り組まなければならない局面に来ていると指摘する。

「有機農業は部分的な変化を促すだけに過ぎず、従来型の『奪う』農業の構造上の課題を解決するのではなく、ただ農薬という悪影響を引き起こす原因のひとつを取り除いているだけなのです」とダーキン氏は話す。「しかし、従来型農業には、耕作・種の多様性の欠如、合成肥料の投入など、オーガニック認証だけでは対処しきれない構造上の問題が数多くあります」

必要なのはリジェネラティブなアプローチ

これは、有機農業を否定するものではない。特に20世紀中頃に有機農法が人気となった頃、いかに環境への悪影響を減らすかというのが多くの環境保護を訴える人々の関心事だった。確かに、その目的に対してはこの手法は有効だ。有機農業は環境への害を減らす。

EUが2030年までに農地の4分の1を「オーガニックな方法で管理された農地」とすることを期待すると公表したのは非常に興味深い。有機農業は特に農薬への依存度を減らすため、生物多様性の保護にはより適しているというのがEUの説明だ。この目標は、欧州グリーンディールと「Farm to Fork(農場から食卓まで)」戦略の一環と位置づけられている。

しかし、21世紀の現状では、地球は限界に近づいており、農業は被害を軽減するだけでなく、他の地球規模の問題を悪化させないようにしながらも大地を癒す必要がある。

ダーキン氏によると、ここで環境再生型農業(リジェネラティブ農業)が重要になるという。

「環境再生型農業とは、自然に近い形で農産物を育てることです。土壌から栄養素やミネラルを取り去ってしまうのではなく、土壌生物を増やし、土壌を作り出すのです」

地上の多様性は地中の多様性を促す。多年草やハーブを他の農作物と共に育てる環境再生型農業によって、健康な、炭素隔離する土壌が育まれる/Image via Metabolic

有機農業のように、環境再生型農業には様々な定義があり統一されている訳ではないが、目指すのは負の影響を減らしてなくすのではなく、回復させることだ。

ダーキン氏は話す。「現行の農業の問題の多くは、再生型農業に切り替えることで解決できるように思います。しかしそのためには、再生型農業が地域の生物多様性を高め、土壌を肥沃なものにし、地域社会に力を与え、自然のあり方に沿った農業を行うことを目的とした、大地との関係性を見つめる景観管理として捉えられた場合のみです」

リジェネラティブな農業手法の多くは、土壌が回復できるよう促す有機農業の原則と重なる。

商品作物のシーズンの間、土地を休ませておくことは有機農法として認められるが、そこから一歩進んで、有機資源と土壌内の生物を増やし、天然の肥料を生み出し、多様な被覆作物を植えて土壌の侵食を減らすなど、リジェネラティブな取り組みを行う農家もみられる。被覆作物を植えることで炭素隔離を促すといった手法を用いて、土壌生物を再生し、土壌に栄養を留めながらも気候変動の課題に取り組むことができるのだ。

被覆作物は有機資源と土壌生物を増やすため、再生型農業の重要な鍵となる。Image via Metabolic

目指すのは手の届く価格で食品を生み出すこと

アメリカにおいてトウモロコシの再生型農業と従来型農業を比較した研究によると、再生型農業は収穫量が29%少ないものの、収益性が78%も高いという結果が出た。

これは、再生型農業では土壌中の有機物が改善されるため、肥料などの外部から投入するものが少なくて済むためだ。

従来型の農業に近い有機農業とは異なり、再生型農業は新しい技術も数多く取り入れる。センサー技術を利用することで精密農業が可能になり、衛星画像を利用して作物の健康状態や成長段階を把握できたり、それをもとに耕耘・手入れ・収穫などの作業を行うための最善ルートを割り出したりできる。こうして土壌負荷を最小限に抑え、土壌のより良い構造を維持することができるのだ。

適切な技術を組み合わせることで、農地の中での野生生物の生息を可能にしたり、土壌の耕起を減らしたり、有機物で土壌を豊かにしたりするなど、農場内の生物多様性を向上させることができ、同時に農場の総収穫量を変えることなく多く保つことも可能となる。

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ショー氏は、リジェネラティブな方法できめ細かく取り組むことによって、地球のシステムは有機農業がもたらす恩恵を最大限に活用することができると言う。

ショー氏は次のように話す。

「食料システムを本質的に変えていくためには、より手頃な価格で有機食品が提供されることが重要です。(オーガニックを選ぶことは)現在、一部の人に許された高価なライフスタイルとなってしまっています。これが有機食品の普及を妨げる要因です。ただ、有機農業自体は良いスタート地点と言えるでしょう」

食料システムを再生型に移行することが必要だとしたら、その障壁となっているのは何だろうか。被覆作物を栽培するなどの手法は一般的に「再生型農業」の一部と考えられているが、その定義は曖昧で、他の多くの手法も明確に定義づけられているわけではない。有機農業にも明確な定義はないが、少なくとも認証によって、必要な実践方法がある程度明確に理解できるようになっている。

再生型農業は理想的だが、法的な定義や認証、明確な測定方法、監視方法がなく、実践するための具体的な方法も明確ではない。

再生型農業は、アグロフォレストリーや間作、耕うんを最小限に抑えることなど、様々な手法を組み合わせた概念だ。その手法の組み合わせにはひとつの決まった解がある訳ではなく、それぞれの農場ごとに、現状に即した手法を考え、実践する必要がある。一方で、再生型農業の目指す「土壌の回復」と「地上の生物多様性の向上」の定義が必要かもしれない。

【参照記事】Organic vs regenerative farming: What’s the difference?
【参考記事】Organic farms can take climate change fighting power to new level
【参考記事】Comparing the yields of organic and conventional agriculture
【参考記事】World’s population is projected to nearly stop growing by the end of the century
【参考】organic. org
【参考】Legislation for the organics sector
【参考】The greenhouse gas impacts of converting food production in England and Wales to organic methods
【参考記事】SFT responds to new study into greenhouse gas impacts of converting to organic
【参考】COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE COUNCIL, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONS
【参考記事】EU pledges to raise €20bn a year to boost biodiversity
【参考】State of nature in the EU Results from reporting under the nature directives 2013-2018
【関連記事】欧州委、「Farm to Fork(農場から食卓まで)」戦略を公表。持続可能な食料システム目指す 
【参考記事】Regenerative agriculture: Farming in nature’s form
【参考記事】Regenerative agriculture: merging farming and natural resource conservation profitably
【参考記事】5 cool measurement tools attempting to quantify regenerative agriculture
【参考】Guidebook for Regenerative Farming
【参考】Agricultural diversification promotes multiple ecosystem services without compromising yield