音楽フェスティバルと聞くと何を思い浮かべるだろうか。素晴らしい音と光の演出が舞うステージと、熱気が立ち込めるなか夢中で踊る若者たち。そんなイメージを抱く人も多いだろう。オランダ・アムステルダムの「DGTL(デジタル)」は、その素晴らしい音楽体験はそのままに、世界で最もサステナブルな運営を行う異色の音楽フェスティバルだ。

本連載は、人気音楽フェスティバルDGTLの循環する取り組みについて全3回でお送りする。前編は「オランダの音楽フェスティバルDGTLが家で寝て過ごすよりもサステナブルな理由」、中編は、「サーキュラーエコノミーを目指すとイベント産業全体、都市までもが変わる理由」について紹介した。最終回の後編は「循環型音楽フェスティバルを支える行政の役割と地域ごとのCEの形」について解説する。

音楽フェスティバルDGTLの持続可能なオペレーションを統括する、レボリューション財団のサステナビリティ・コーディネーターMitchell van Dooijeweerd氏/Image via DGTL

音楽フェスティバルDGTLは、どのように行政と連携しつつ、地域ごとのサーキュラーエコノミーの形に寄り添いサーキュラーエコノミーへの取り組みを進めてきたのだろうか。

Circular Economy Hub編集部は、音楽フェスティバルDGTL(デジタル)の持続可能なオペレーションを統括する、レボリューション財団のサステナビリティ・コーディネーターMitchell van Dooijeweerd(ミッチェル・ファン・ドゥイウィールド)氏に取材した。

サーキュラー・イノベーションを支える行政の役割

これまでお話した通り、私たちはサーキュラーな音楽フェスティバルを目指すなかで様々な施策を行い、前進してきました。そのなかで、私たちはひとつの課題に直面していました。環境負荷を減らし、100%サーキュラー・フェスティバルを実現するためには再生可能エネルギーへの移行が必要でしたが、いちイベント運営チームだけではどうしても難しかったのです。私たちはソーラーパネルのついた大きなバッテリーを発明し、これによって必要エネルギーの大部分を再生可能エネルギーに置き換えることに成功しましたが、これだけではどうしてもフェスティバル全体で必要なエネルギーをすべて賄うことはできなかったのです。

そこで考えた結果、アムステルダム市行政に対して、再生可能エネルギーからなるグリッドインフラが必要なので助けてくれませんか、と働きかけることにしたのです。市の助けなしには私たちは100%再生可能エネルギーによるイベントは実現できませんし、逆に、そこで活動する私たちのようなイベントが100%を達成できなければ、当然市として2050年までに実現を目指す100%循環する都市はなし得ないはずです。この要請を受けて、アムステルダム市はDGTLなどのイベントの持続可能な運営を可能にするために、イベントが多く開催される場所に、公共の再生可能エネルギーからなる電源を設置してくれたのです。こうすることで、私たちのようなイベント主催者は発電機などの臨時電源の利用を最小限に抑えることができ、さらにはこれらの輸送コストも最小限に抑えることができます。

支援してもらうだけではなく、DGTLからアムステルダム市に対しては、サーキュラーエコノミーの現状理解・進捗把握・目標のために循環についてのデータを提供し、さらにはサーキュラー・フェスティバル・ロードマップの作成を支援しています。

今年2021年のDGTLサステナビリティ計画書では、55%はグリット接続された再生可能エネルギー、のこりの45%は先述の100%再生可能エネルギーからなるバッテリーでエネルギーを賄う予定です。つまり、完全化石燃料フリーのエネルギーによるイベント運営を達成する見込みです。

ほとんどの参加者はサステナビリティではなく最高の音楽体験のために足を運ぶ/Image via DGTL

さらに、アムステルダム市のサーキュラー・イノベーションを推し進める素晴らしい取り組みはこれに留まりません。実はアムステルダム市は2018年から、市のサステナビリティ基準(Sustainability Guideline)を満たすイベントにしか開催許可を出さないという政策※を始めました。2018年、2019年、2020年と段階的に厳格な基準を設け、2020年以降は特に2000人規模以上の場合サステナブルなイベントしか開催できなくなりました(それ以下の規模のイベントもライト版と同じ条件が課せられます)。この基準に従ってイベント主催者はサステナビリティ計画書を策定し、ごみ分別し、エネルギー計画書を作成し、データ集積をし、輸送・移動計画書(organization, energy, waste, water and transport)を策定し、最後に、実際に基準を満たしていたかというデータを提示しなければなりません。これができなければ次の年からは開催許可が下りないというわけです。アムステルダムでイベントを開催するすべての団体がサステナブルな運用を確立しなければなりませんし、サプライヤーにとってもそのための投資をする踏ん切りがつきます。変化を起こすためには非常に良い動きであり、都市自治体として素晴らしいリーダーシップを示してくれていると思います。

※指定の環境基準認証を取得しているイベントについては上記の条件から免除される。

※※誰でも入退場できる街中・屋外などで開催されるイベントについてはイベント主催者が管理できない要素も大きいため、参加者にごみを持ち帰るよう促す、といった比較的軽めの施策実施が求められる

この政策が施行されると、イベント主催者・サプライヤーたちともに、急にそんなことを言われてもどうやっていいのかわからないとパニックになりました。DGTLはすでにサステナブルなイベント運営を行っていたので、多くの企業から相談を受けました。多くの相談を受けたため、2018年からはレボリューション財団という法人を作り、イベント主催者はもちろんサステナブルな未来を目指す都市自治体などに対してもコンサルティングを行っています。音楽フェスティバルは「小さな街」であるようだとお伝えしましたが、毎年積み重ねてきた経験と知識は、「サステナブルな場作り」という視点では、都市にまで広げて適用することができるためです。今度アムステルダム市のイベント産業はさらなる進化を遂げていくでしょう。

また、欧州全体でもサーキュラー・イベントを推し進める動きがあります。欧州グリーンディールの枠組みのなかで、2019年終わりに「グリーンディール・サーキュラー・フェスティバル(Green Deal Circular Festivals」が発足しました。EUグリーンディールへ署名した国で音楽フェスティバルを運営する16以上のフェスティバル主催者からなり、フェスティバル業界を将来性のある循環するものに変えることを目的としています。これらイベント主催者らは共に2025年までにサーキュラーフェスティバル実現を目指しています。主に情報交換とベストプラクティスを共有する場が設けられ、DGTLとして、私たちは他のフェスティバル主催者らに向けてサーキュラー・イベント実施のためのロードマップと戦略を共有し、データ収集の方法や運営をモニターするための方法、そのためのツールなどについて教えています。

DGTLアムステルダムは2021年、世界で初めて音楽フェスティバルとして100%サーキュラーエコノミーを達成する見込みだ/Image via DGTL

地域ごとに異なるCEのランドスケープ

DGTLを世界各都市で開催する際に用いているDGTLグローバル・サステナビリティ・プログラムにおいても、先述の大きなインパクトをもたらす5つの分野ごとに運営ポリシーが設定されています。ただ、アムステルダムにおける音楽フェスティバル運営で得た知識や経験を他都市に展開する際に、現地の技術的、経済的な背景を考慮することは必要不可欠です。その土地によって異なる特色があり、その土地によってできあがるDGTLの形も異なっているのです。

例えば、インドは国を挙げて脱プラスチックを唱える政策を取っているため、バンガロールでの開催についてはプラスチック素材を使わない運営が比較的容易だと言えます。サプライ・パートナーたちも紙コップや紙の看板など、自然資源を利用することに対して前向きです。また、インドは文化・歴史的に素晴らしいベジタリアン料理の宝庫なので、環境負荷の高い肉を使わない食事の選択肢が潤沢にありました。インドのベジタリアン料理の豊かさには大きな感銘を受けています。また、運営に関しては機械化されていないことも多いので(この点については労働の観点からは良いことだけだとは言えませんが)、手作業が多く、環境負荷を抑えることができます。

チリ・サンティアゴはまだまだこれから発展をしていく国なので、再生可能エネルギーや生分解される素材など、サステナブルなイベント運営に十分な材料や環境が整っているとは言いづらい現状ですが、基礎的なサステナブル計画書を用いて、エネルギーや資源利用を最も効率的に活用し、運営することができています。

一方バルセロナは、スペインという国自体が再生可能エネルギーの普及に力を入れ、広く利用が進んだ場所です。このため、DGTLバルセロナでは、大きなソーラーパネル1台を使うだけでイベント全体の必要電力を供給することができるほどの成功を収めています。

サステナブルなフェスティバル運営という意味では、アムステルダムも非常に恵まれた環境が揃っています。電気自動車もあれば、プラスチックなどの素材を資源に戻す方法も選択でき、再生可能エネルギーも広く普及が進んでいます。

国や都市が違えば、前提となる文化や自然、経済の形も異なります。当然、サーキュラーエコノミーへの移行度合いも異なってくるでしょう。その土地や人々に学びながら、その場所に最適な形のサーキュラーエコノミーを目指していくことが求められているのではないでしょうか。

DGTLバルセロナ開催時に一台でフェスティバル全体の電力を供給するソーラーパネル/Image via DGTL

編集後記

今年100%サーキュラーフェスティバルを達成する見込みのDGTLがここまで産業全体を巻き込み、進化を続けてこられたのは、周りの人たちを巻き込む強い信念、実践に基づく知識と経験、さらにはより良い場を作るためにステークホルダーたちと粘り強く対話を重ねる姿勢があったからこそなのだろう。音楽フェスティバルとして参加者に最高の音楽体験を提供しつつも参加者の間にサステナブルな価値観を育み、大手企業のサステナブル事業のプロトタイピングの場として、さらには循環都市のためのリビングラボとしての役割までもを担うというDGTLの壮大な全体図に圧倒される。同時に、DGTLという場に機会を見出し、協業・支援する自治体としてのアムステルダム市や欧州委員会の柔軟な姿勢にも学ぶものは多い。何よりも、「社会全体を動かすためには、楽しくするか安くするんです」というミッチェルさんの言葉を咀嚼しようと覗き込んだときの彼の表情が、他の誰よりも楽しそうだったのが忘れられない。

前編:「オランダの音楽フェスティバルDGTLが家で寝て過ごすよりもサステナブルな理由
中編:「サーキュラーエコノミーを目指すとイベント産業全体、都市までもが変わる理由

【参考】レボリューション財団
【参考】Sustainability Guideline (アムステルダム市)
【参考】Green Deal Circular Festivals