音楽フェスティバルと聞くと何を思い浮かべるだろうか。素晴らしい音と光の演出が舞うステージと、熱気が立ち込めるなか夢中で踊る若者たち。そんなイメージを抱く人も多いだろう。オランダ・アムステルダムの「DGTL(デジタル)」は、その素晴らしい音楽体験はそのままに、世界で最もサステナブルな運営を行う異色の音楽フェスティバルだ。

人々を巻き込み、産業全体でサーキュラーエコノミーに変わるために必要な視点とは一体どのようなものだろうか。

Circular Economy Hub編集部は、音楽フェスティバルDGTLの持続可能なオペレーションを統括する、レボリューション財団のサステナビリティ・コーディネーターMitchell van Dooijeweerd(ミッチェル・ファン・ドゥイウィールド)氏に取材した。

本連載は、人気音楽フェスティバルDGTLの循環する取り組みについて全3回でお送りする。前編は「オランダの音楽フェスティバルDGTLが家で寝て過ごすよりもサステナブルな理由」、続く中編は、「サーキュラーエコノミーを目指すとイベント産業全体、都市までもが変わる理由」、そして後編は「循環型音楽フェスティバルを支える行政の役割と地域ごとのCEの形」について解説する。

 

音楽フェスティバルDGTLの持続可能なオペレーションを統括する、レボリューション財団のサステナビリティ・コーディネーターMitchell van Dooijeweerdさん/Image via DGTL

DGTLは2013年アムステルダムで始まったエレクトロニック音楽フェスティバルだ。素晴らしいアイディアを持った友人同士が始めた地元音楽フェスティバルは今やバルセロナ・アムステルダム・サンパウロ・テルアビブ・サンティアゴ、バンガロールで毎年*開催されるまでに拡大。アートと音楽体験が高く評価され多くのファンを持つDGTLだが、何より異色なのはそのサステナビリティ・プログラムだ。参加者やパートナー企業、行政までもを巻き込み、環境負荷と廃棄を限りなく抑え、サーキュラーエコノミーの実現を目指す。

*2020年は新型コロナウイルス感染症の大流行によりオンラインでの開催となった。様々な音楽・アートステージに加え、サステナビリティ・ステージも設けられ、参加者はDGTLのサステナブルな施策について知識を深める場となった。

サステナビリティについての取り組みは世界的に注目されており、2017年にはアムステルダムで最もサステナブルな企業に送られる「DAM」賞や、ラスベガスで開催される世界じゅうのフェスティバル・イノベーター・カンファレンスFestX Awardsにおいて優秀グリーンイベント賞を受賞、2019年にはロンドンで開催されるグリーン・イベント&イノベーション・カンファレンスでは国際グリーンフェスティバル賞とグリーン輸送賞を受賞するなど数々の賞を受賞。今年2021年9月の開催で世界初の完全サーキュラー音楽フェスティバルとなる見込みだ(この点については当記事中で解説する)。さらには地方自治体や企業らと協業し、未来都市のイノベーションのためのリビングラボとしての役割も担う。

多くの人を巻き込み、産業全体、さらには都市までもを循環型に変える人気音楽フェスティバルDGTLとは一体どのようなものなのだろうか。

以下、ミッチェルさんの回答

「家で寝転んで映画を見ているよりもサステナブルな音楽フェスティバル」

現在の経済は、継続的な経済成長を目指すリニアな仕組みの上に成り立っています。製品が生産され、利用され、最後には廃棄される「使い捨て」の社会だということです。しかし、DGTLでは「ごみ」は存在しないと考え、循環型の仕組みを採用したサーキュラー音楽フェスティバルへの移行を実現するために取り組んできました。環境負荷をなくし、廃棄物をなくすために、すべての廃棄物を価値ある資源に変換して循環させる新しいフェスティバル運営を模索してきたのです。

そもそもの始まりは、2人の友人が、ふたつのイベントのコンセプトをかけ合わせて音楽フェスティバルを作ろうと思ったことでした。ひとつは、才能ある著名DJと地元DJをつなぎエンパワーするための音楽フェスティバル、もうひとつは、ニッチな分野の音楽を中心とした、アートとサステナビリティに重きをおいた音楽フェスティバルです。

さらに、音楽フェスティバル自体が非常に大きな環境負荷と廃棄を生み出すことを知っていた彼らは、「サーキュラーエコノミーを進める都市のリビングラボとしての音楽フェスティバル」を作ってみようと考え、サステナブルなイベント運営に取り組んできたのです。以降、音楽フェスティバルが持つ大きな負のインパクトを、ポジティブなインパクトに変えるにはどうしたらいいのか考え続けてきました。アムステルダム市の掲げるモットーと同じように、ずっと「learning by doing(やりながら学ぶ)」を続けてきたと言えます。

実際に、家で寝転んで映画を見ているよりもDGTLに参加する方が環境負荷が低いのです。胸を張って、ぜひ参加してくださいとお伝えすることができます。

DGTL 2019開催時の様子(YouTube)

サーキュラー音楽フェスティバルを実現するための第一歩として、まず初めに私たちが着手したのは、資源と廃棄物の流れの測定と可視化です。これにより、どこに一番で大きな環境負荷が発生しているかが一目瞭然になります。サステナブルなイベント運営を実現するためにDGTLが注力すべき分野を特定し、対応の優先順位をつけることができます。

DGTLフェスティバルにおける資源の流れを分析したマテリアル・フロー・アナリシス/Image via DGTL

問題のある分野がわかったら、そこを改善していけばいいのでそこからはあっという間でした。例えば、あるサプライヤーやケータリング会社が、環境負荷の大きなものをフェスティバルに運び込んでいる、もしくは私たちが処理できない素材を使っている、ということがわかったとします。これがわかれば、その企業にこんな風に変えられないか、といったように改善のための働きかけができるようになります。

2015年には、多くの人がミュージックフェスティバルで食べたがるようなハンバーガーやチキンなどのフードメニューを提供していました。ただ、人気のあった肉類をメニューとして用意することによる環境負荷を計算すると、フェスティバル全体の3分の2にも上る環境負荷の原因となっていたことがわかりました。よって、2016年から私たちはベジタリアンメニューだけを提供しています。環境負荷を減らしたいですし、イベント参加者に、一日ベジタリアン体験をするというインスピレーションを持ち帰ってほしいと考えているからです。「意外においしい!」「ベジタリアンの食事もおもしろい」と思ってもらえたら、変化はフェスティバルの場だけに留まりません。

また、食品パッケージの改善も続けてきました。缶素材を用いたり、再利用を前提としたハードカップを用いるなど、使い捨て素材を減らしてきました。

環境負荷をなくし、廃棄を極限まで減らす方法を考え、ひとつずつ実験と実践を繰り返し、向上できるところはしてきました。初めは小さな実験の寄せ集めでしたが、今ではより体系だったサステナブルイベント運営のためのフレームワークとして完成しつつあります。

現在では、DGTLはイベント運営を5つの分野ーーー資源&廃棄物システム、食料システム、水と衛生システム、輸送・移動システム、そしてエネルギーシステムの5つの分野に分けて、サステナブルな運営の仕組みを確立しています。今年2021年9月の開催で100%サーキュラーな音楽フェスティバルを達成する見込みです。サーキュラーフェスティバルを達成したとしても様々な向上の余地があるため、さらなる前進を目指し続けます。私たちDGTLは、様々な企業、都市、国のインスピレーションになりたいのです。こんなことが本当にできるんですよ、と示していきたいのです。

DGTLに来る理由はあくまでも最高の「音楽体験」

よく、DGTLの参加者は環境意識の高い人ばかりなのではないか、という質問を受けます。

でも、実際DGTLにサステナビリティだけが理由で参加する人はほとんどいません。2013年の発足以来、DGTLは世界最先端のエレクトロニック・ミュージックを参加者に提供するという信念を持ち続けてきました。DGTLの参加者は、音楽体験、さらには音楽フェスティバル体験のためにフェスティバルに足を運びます。現実から解放され、音楽のなかで自由を感じたい、自分をありのままに自己表現したい。そしてDGTLは自由に自己表現できる安全な空間だから、来てくれるのです。もちろんサステナブルなイベントのあり方や社会のあり方を考えるために視察的に来る人もいるかもしれませんが、それはごく一部です。人々がDGTLに来る理由は、あくまでも最高の「音楽体験」なのです。

好きな音楽フェスティバルが、環境負荷少ない方法で行われていると知ったら、より良い気分で参加できますよね。参加者にとってサステナビリティは参加の目的ではありませんが、体験価値全体を向上してくれるひとつの要素となるはずです。

続く中編では、「サーキュラーエコノミーを目指すとイベント産業全体、都市までもが変わる理由」について解説する。

*冒頭の画像は、オランダの人気音楽フェスティバルDGTLで参加者らが熱狂する様子/Image via DGTL

【参考】レボリューション財団、 音楽フェスティバルDGTL