食品の鮮度を保つためのビニールパックや、個包装のお菓子、使い捨てのボトル。普段何気なく利用している食料品店には、後にゴミとなってしまうものが多く存在している。
ゴミを極力出さないようにする買い物の仕方といえば、ユーザー自身が入れ物を持参し、必要なものを必要な分だけ購入していく「量り売り」だ。環境先進都市アムステルダムには量り売りのお店がさぞ多いのだろう──と思いきや、意外にも量り売り食料品店は数店のみなのだという。
編集部は2019年にオープンしたばかりの量り売り食料品店「Little Plant Pantry(リトル・プラント・パントリー)」を訪ね、店主のウィンターさんにお話を伺った。
自分にできることを探して
店内に入ったとき、ウィンターさんはちょうど接客中だった。常連と見られる客人が、彼に相談をもちかけている。真剣な表情で客人の話を聞き終えたウィンターさんは、「それならあれはどうか」「これくらいの量でいいんじゃないか」と丁寧にアドバイスしていく。満足げな顔で帰ってゆく客人を戸口で見送ったのち、ウィンターさんはこちらを振り向き「何か探しているのかい?」と話しかけてくれた。自分が日本から来た記者であることを伝えると、自由に見回っていいよ、と言いながら店について教えてくれた。
「リトル・プラント・パントリーは、2019年4月に、妻と二人でオープンしたばかりの店なんだ。スパイスや穀物、コーヒー、茶葉、オーガニック店から仕入れたケーキやミルク、それから妻がプロデュースしたシャンプーバー(固形シャンプー)などのオーガニックコスメを販売していて、店の奥には小さなヴィーガンカフェも併設しているよ」
彼はさらに、店に置くものは「サステナブルであること・植物由来であること・透明性があること」の3つの基準を満たしたものだけなのだと教えてくれた。
ウィンターさんがこの店をオープンしたのは、自身の体験がきっかけなのだそうだ。
「オランダに来る前、僕は妻と二人で、アイルランドの海のそばのコテージに引っ越して田舎暮らしをしていたんだ。移り住んでみてから、1週間の間に2人で出すゴミの量を見て愕然とした。スーパーにあまり行かないようにしたり、分別をきちんとしたり、2人で努力してみたけれど、たった2人、そしてたった1週間しか経っていないのに、かなりのゴミが出てしまっている……それが衝撃的だったんだ」
「数年間田舎でゴミを出さない暮らしをしようと生活を続けていたけれど、自分たちにはもっとできることがあるんじゃないかと思った。もっと多くの人たちを巻き込んで、一緒に環境問題を解決するより良いソリューションを探していく必要があると考えたんだ。それが店をオープンした理由だね」
量り売りのハードルが高いワケ
そんなウィンターさんは、サーキュラーエコノミー先進国オランダに量り売り食料品店が少ない理由についてこう推測する。
「量り売りって、消費者にとってかなりハードルが高い。それは、きっと量り売りという買い物のスタイルが、ユーザーの労力を多く必要とするからだと思うんだ」
夕食を用意するときを例にとってウィンターさんは説明する。外食なら他の人が調理して運んできてくれるのを待っていれば良いし、出来合いのものを買ってくる中食も、すでに出来上がったもののなかから選んで購入し持ち帰るだけなので楽だ。こうした外食・中食に比べて、自炊する際の手間がどれだけ多いかは想像がつく。どんな料理を作るか考えて、そのために必要な材料を自分でピックアップして買わなくてはいけないからだ。
「それに加えて、量り売りの店では『買う量』まで決めなくちゃいけない。スーパーなら、小麦粉1袋、シナモンパウダー1瓶を掴んでレジに持っていけばよかったわけだけれど、量り売りの店じゃそうはいかないよね。普通のスーパーに行く以上に『どの材料がどれくらい必要なのか』をきっちり考えなくちゃいけないし、その量がきっちり収まるだけの入れ物も持参しなくてはいけない。その後には、実際に調理するという手順もあるしね」
このような消費者の労力に加え、もともとオランダにはあまり料理をする文化がないため、量り売りのハードルが余計に高いのではないかと彼は言う。
しばらく話をしていると、ウィンターさんは筆者を奥のカフェスペースへ案内してくれた。「好きな茶葉を選んでおいで、ごちそうするよ」と彼は言う。筆者が選んだジャスミングリーンティーと皿にのせたクッキーをテーブルに置いて、彼はまた話し出した。
「消費者の労力を必要とする量り売りのシステムを根付かせるためには、店側の努力も必要だと思うんだ。例えば、消費者が仕事帰りに買い物をして帰ろうと決めているとき。重いガラス容器を職場へもっていくのは大変だよね。帰り道にふと『買い物をしてから帰ろう』と思い立ったのに、容器がないから買い物ができないというのも困る。こういったことを解消するために、うちではお客さんの容器をデポジットとして預かり、商品をデリバリーするサービスを始められたらいいな、と考えているよ」
「それから、このカフェ。お客さんのほうからキッチンが見えるようになってるでしょう。さっき、オランダにはあまり料理をする文化がないと言ったけれど、それはどうしたらいいかがわからないからだと思う。それなら、ここで作り方を見て覚えていってもらえればと思っているんだ。必要な材料と分量、作り方までわかったら、料理をするハードルはかなり下げられるはず。そのきっかけがつくれたらいいなと思っているよ」
小売店の力を最大限に利用する
一般的に、小売店は問屋や製造業者よりも有利な立場で商品の仕入れ交渉を進められることが多い。問屋・メーカーは「店頭に商品を並べてほしい」という強い想いを持っており、そのためには多少相手のほうに有利な条件でも飲んでしまう傾向があるのだ。多くの小売店はその購買力を「製品を少しでも安く仕入れるため」に使うが、ウィンターさんはその力を全く別の方向で活かすことにしたという。
「僕は『包装にプラスチックを使っているサプライヤーとは取引をしない』と宣言したんだ。店になんとしても品物を置きたいサプライヤーなら、そうした要求に応じてくれるはずだと思ったからね。そうしたら実際にいくつかの取引先が、プラスチックの使用をやめてくれたよ!」
僕らの店から「町のみんなで所有する店」へ
「一番良くないのは、店と町のみんなの間に隔たりがうまれてしまうこと、そしてそのまま店が立ち消えてしまうことだと思う」とウィンターさん。だからこそ、店とコミュニティが「互いに努力しあう」ことが大切だと考えているのだそうだ。
「今後は、この店を『僕ら夫婦の店』から『町のみんなの店』に変えていきたい。だって『自分の店』なら、今後も存続させていこうと心から思うことができるでしょう?いつかクラウドファンディングを行って、この店をユーザーとの共同所有で経営していきたいと思っているよ」
そんな夢を語ってくれたウィンターさん。
先に述べたように、量り売りは「消費者の労力を多く必要とするシステム」だ。つまり、消費者が「多少の労力を割くだけの価値がある」と思える店でなくては量り売りシステムは存続していかないということである。店側から一方的なプロモーションを仕掛けるのではなく、「消費者が店を所有し、生活の一部に組み込み、『自身の大切なもの』としてコミュニティとともに育てていく」という、ウィンターさんの目指す経営システムは、まさに理想的なものといえるだろう。
取材を終えると、ウィンターさんは「オランダに来たらまたおいで」と言って編集部を見送ってくれた。すっかり冷え込んだ店の外に出て、ショーウィンドウから店のなかをのぞく。入れ違いに入った客に「探し物かい?」と声をかける彼の姿が見えた。
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。