「あなたの自宅にはいくつ古いスマホがありますか?」

1台、2台、3台・・・そういえばそのままにしていたな、と考えながら空で数える。ヨゼットさんはにっこりと微笑みながらこう続ける。

「私の知る限り、誰でも自宅の引き出しの奥にスマホを何台も持っています。これこそが都市に眠る宝物です。でも、宝物は眠ったままではいけません」

そう話すのは、オランダ・アムステルダムに拠点を置き、廃スマホからジュエリーを作るNowaの創業者、Josette de Vroegさんだ。これまでソーシャルビジネスのマーケティングを歴任し、同じくアムステルダムのスタートアップClosing the Loopに参画中にNowaを発想し、独立した。今回、ヨゼットさんに廃スマホが生み出す数々の問題と、私たちができることについて話を聞いた。

都市鉱山を眠らせないために

「私たちの引き出しの中には、きっと1台や2台、あるいはもっと多くの古い携帯電話が眠っているはずです。思い出と個人情報がたくさん詰まっているので、なんとなく手放せずそのままにしてしまう気持ちも痛いほどわかります。

でも、スマホが何でできているかを考えたことがありますか?

金、銀、それ以外にもたくさんのレアメタルや希少な資源でできています。これらの資源は枯渇資源と呼ばれ、地球上にもうあまり多く残されてはいないことがわかっています。それだけではなく、レアメタルを新しく採掘することで、鉱山での児童労働や貴重な資源を巡る紛争などの多くの問題が引き起こされています。

一方で、都市に眠る廃スマホのリサイクル率は2割程度に留まっています。こんなにたくさんの資源が街に眠っているのに、まだ鉱山からレアメタルを切り出し、環境と人の命を危険にさらし続けるのでしょうか。

  • 電子廃棄物(E-waste)は他の廃棄物と比べ3倍のスピードで増加している
  • 世界に流通する金の7%は古い電子機器に閉じ込められたまま
  • 電子廃棄物をリサイクルすると得られる資源の総額は 550億 ドル(約5.9兆円)
  • 40台の中古スマホから1グラムの金が取れる

廃スマホをきちんと分解できれば、金や銀、銅以外にも30種類前後の資源を取り出すことができます。1トンあたりの廃スマホ・パソコンなどの電子廃棄物には、金鉱石の60倍もの金が含まれています。その上、道具と知識さえあれば取り出す手間もかからない。実際、世界の金の需要のうち3〜4割は都市鉱山(都市に眠る中古電子機器)から賄うことができるとされています。

これだけ都市に貴重な資源が多く眠っているのだから、新しく取る必要はないはずです。金と銀はここにあるのだから、それを使わない手はありません」

世界の廃スマホの7割がアフリカにたどり着く

廃スマホがきちんとリサイクルされないと、資源が有効活用されないという課題だけでなく、途上国を中心に様々な問題が起きる。

「私たちが当たり前のように手にするスマホは、7割が中古製品として合法的にアフリカの国々にたどり着きます。そして、そこで2人目、3人目の持ち主に巡り合います。

もちろん、一度作られた製品がそのまま使われ続けることは歓迎すべきことでしょう。しかし、問題はその後です。中古スマホはすぐに2人目、3人目の持ち主にとっても役に立たなくなり、今度は廃棄物としてアフリカの大地に溢れます。西アフリカ・ガーナの首都アクラのアグボグブロシー(Agbogbroshie)地区は世界最大の電子廃棄物捨て場の一つで、世界最大の廃スマホの墓場とも呼ばれています。こうしてアフリカにたどり着く電子廃棄物は増加する一方です。

国連のグローバル電子廃棄物統計パートナーシップのレポート「The Global E-waste Monitor 2020」によると、2019年には世界で5,360万トン近くの電子廃棄物が生まれているといいます。

ある時、プロジェクトチーム数人とともに現地に行きましたが、言葉では言い表せないほどひどい状況でした。見渡す限りの大地がすべて電子廃棄物で埋め尽くされ、途切れることのない煙が辺りを覆っていました。一緒に行った女性2人は、そこを1時間ほど歩き回っただけで数日間ひどい頭痛に悩まされたほどです。そんな有害な環境の中に人々は暮らし、小さな子どもまで歩いていました。

この現状は、いくつもの問題が複雑に絡まり合うことでできています。現地の経済は電子廃棄物を中心に回っており、人々は生活のため、わずかな金属を取り出そうと廃スマホなどの電子廃棄物をまるごと燃やします。安全に取り出すための技術や道具、施設がないためです。しかし、スマホは燃やすと有害なガスが出るため、彼らの健康を蝕み、大気と大地に毒となって染み込み、その毒は今後何世代にもわたって人々を苦しめます。

すぐごみになる中古スマホをあくまでも「合法的に」アフリカに輸出しているのは、私たち先進国にほかなりません。しかし、合法的に輸出していれば、こんなに多くの人々の命を脅かし続け、大地を汚し続けても何の責任も問われないのでしょうか。先進国の経済のためにアフリカでの犠牲が払われ続けているのです。こんなに理不尽なことはあるでしょうか」

スマホからジュエリーを。Nowaが伝えたい思いとは

「この想いは、私がNowaを立ち上げる大きな原動力となりました。まずは先進国に住む人々がこの問題について知り、考えるきっかけを作りたいと思ったのです。そして、問題を起こさないためには少しでも身近な電子機器、特にスマホを廃棄物にしない方法を知って実践してほしい。それが私の願いです。

NowaはNo Waste(ノー・ウェイスト:廃棄物がない)を意味します。ケータイに眠る宝物を可視化する、というコンセプトのもとに、使い古されたスマホから美しいジュエリーを作っています。私はNowaを通して、すべての人が電子廃棄物をリサイクルする重要性に気づき、家に眠る古い電子機器をリサイクルに出す持続可能な世界を確かなものにしたいのです。

私は、決して誰かを責めたいわけではありません。人々の考えを変えたいのです。

ごみだと思い込んでいるものが本当は宝物だと知るきっかけを作りたい。それにはいつも身につけ、人に話すことができるジュエリーが最適だと思ったのです。

スマホに金と銀が入っていて、それでジュエリーを作ることができるなんて、多くの人は知りません」

アフリカで活動するClosing the Loopから独立・提携

Nowaを立ち上げる前の2年ほどの間、私はスマホのサーキュラーエコノミーに取り組むClosing the Loopという企業でマーケティングマネージャーとして働いていました。

Closing the Loopはアムステルダムに拠点を置くスタートアップで、スマホを非人道性や廃棄物と無縁の製品にするという目的のため、廃棄スマホがアフリカの大地に投棄され、人々や環境に負荷をかけている現状を変えようと活動しています。

具体的には、電子廃棄物から適切な方法でレアメタルなどの希少資源を取り出すことができない現地の人々のため、リサイクル施設を作るために奔走しています。

現地の経済と社会はぎりぎり崩壊しないでバランスを保っており、それを崩さないように細心の注意を払わなければなりません。非常に複雑で時間がかかるプロセスなので、実際に施設を作るまでにはまだ何年もかかるでしょう。Closing the Loopはその活動を続ける傍ら、アフリカで行き場をなくした廃スマホを回収しています。廃スマホはただ回収するだけではなく、お金で買い取っており、この数年で300〜400万台ほどの廃スマホを回収することができました。7年前に始めたころは、地元の人は真剣に取り合ってくれず、「私のごみを買うなんて正気じゃないわね」と笑われたほどです。しかし、この活動を通じて、現地の人は回収している廃棄物には資源としての価値があることを理解し始めています。彼らのマインドセットを変えることに成功しつつあると考えています。現地にリサイクル施設を完成させるまでの間は、集めた廃スマホをヨーロッパに輸送して、こちらのリサイクル施設でリサイクルし、新たな製品の資源へと変えています。

彼らとともに働く中でNowaのコンセプトを形にしたいという想いが日々強くなり、今から3〜4年前のある日打ち明けたところ、快諾してくれたのです。

Closing the Loopが回収した廃スマホから取り出した金属で私がジュエリーを作ることで、彼らのやっていることを確かなものとして可視化することができ、私にとってはClosing the Loopをサプライヤーとしてエシカルな資源を提供してもらうことができます」

多くの人からの賛同で実現したNowa

「でも、実はこのアイデアを考えついたのは、そのもう3年ほど前でした。TEDxアムステルダムでスピーチをしてみたらどうだろうと思って応募してみましたが、実際にまだ製品がなく、活動の実績がなかったため、私がTEDxの場でスピーチをすることはありませんでした。しかし、このコンセプト自体にTEDx運営関係者はじめ多くの人が共感し、賛同してくれたのです。この体験があったからこそ、私はこのアイデアを温め続けることができました。

本業の傍ら、様々な調査や実験を重ね、ようやく資源をリサイクルする方法を確立して商品化することができたのです。

もともと、私にはジュエリー製造・販売の知識や経験は一切ありませんでした。そこで、オランダ・ライデンを拠点に活動するデザイナーEva Schreuderさんにお願いしてデザインしてもらいました。Nowaのジュエリーは、彼女が一点一点手作りしています。

Evaにデザインをお願いするきっかけとなったのは、彼女の作るジュエリーを友人からギフトとしてもらったことです。とても素敵なネックレスで、言葉が刻印されているものでした。連絡をしてみたところ、すぐに会うことになりました。会ってからコンセプトを説明し、意気投合するまでは実にあっという間でした。彼女はメッセージを伝えるためのメディアとして、このネックレスを作りたいということに深く賛同してくれたのです。世界で誰も作ったことがないものを作ることにもワクワクしてくれました。

こうして、全くジュエリー制作の経験がない私でも、多くの人が賛同してくれたからこそ、コンセプトの商品化までこぎつけることができました。

こうして昨年、2019年のバレンタインデー(2月14日)にNowaは正式にローンチしました。最初のコネクションは「エターナルコネクション」です。Nowaでは集める意味の「コレクション」ではなく、つながりを意味する「コネクション」と呼んでいます。

Nowaの初めてのコネクション、「エターナルコネクション」

(初めに作ったネックレスは、アムステルダムのある北ホランド州の州知事に贈呈しました。熱心な環境活動家の女性知事です。)

構想を練り、事業にまとめるまでには自分の時間とお金でやってきましたが、ジュエリーを作るのに必要な金と銀を事前に買い取って製品にするには、多額の資本が必要になります。

そこで考えた結果、クラウドファンディングのキックスターターで、事前注文キャンペーンとしてローンチすることにしました。結果、事前に注文してもらうことができるため、自分で負担しなければならない金額を減らし、多くの人に知ってもらうきっかけをつくることができました。嬉しいことに、多くの人がこのキャンペーンに賛同してくれ、たったの1週間で100個のネックレスは完売し、キャンペーンを達成することができました。

メディアからの関心も高かったので、多くの記事に取り上げてもらったことも追い風になりました。

ここまで来ることができたのは、多くの人が共感し、賛同してくれたからほかなりません。これを少しでも多く社会と環境に還していきたいと強く感じています」

環境に強い関心を持っていない人にも届けていきたい

「初回のローンチから顧客になってくれた人たちはサステナビリティに関心が高く、金銭的に余裕がある人たちだということに私は気づきました。製品の単価が高かったため、それにお金を出せる人のみに届けることにつながったのです。こういった人たちに想いと製品を届けつつ、少しでもプロジェクトに関わってくれる人の裾野を広げられないかという試行錯誤の上に生まれたのが、昨年11月にローンチしたコネクションです。

価格を39.95ユーロ(約4,800円)と手頃にすることで、あまり環境に意識を向けていない人たちにも、スマホの中には宝物が埋まっているというコンセプトを広く知ってもらうことができるのではないかと考えました。さらに、ジュエリーが届くまで実際に見ることができないオンラインショッピングの限界も感じたため、実店舗でも販売することにしました。このコネクションにも反響が大きく、確かな手応えを感じています。

現在は、法人向けに従業員や顧客向けのコーポレートギフトとしても製品を作ったり、男性向けの製品の構想を進めています。

さらに、スマホのリサイクル率を上げるためのキャンペーンとして携帯電話キャリアとも話を進めています。国境をまたいだプロジェクトもぜひ形にしていきたいと思っています」

スマホが不要になったらできること

「最後にお伝えしたいことがあります。使い終わったスマホを廃棄物や休眠資源にしないために、私たちがすべきことです。

スマホが不要になってしまったら、資源を無駄にしないために次のことを実践してほしいと思います。

  • 携帯電話を契約している通信会社に返す
  • オンラインで中古スマホとして販売する
  • 慈善団体に寄付する
  • 他の電子機器と同様にリサイクル業者に任せる

でも、もっと環境負荷を減らすためにできることをご存じですか?

それは、新しいスマホに乗り換えないことです。今使っている端末に何の不備・故障がないのなら特に。

新しいモデルやお得なプランがあれば、ついつい手を伸ばしてしまう気持ちもわかります。しかし、環境負荷を減らし、不要な製造を防ぐために私たちができる最も効果的なことは、今使っているスマホを使い続けることです。そうすれば、そもそも新しい資源も必要にならず、廃棄も発生しないのですから」

取材後記

私たちの使ったものが行く先々で課題を引き起こす現実。さらには、すでにある資源を放置して活かせずにいることで、新たな採掘の必要性を生み、人々の暮らしや環境に大きな負荷をかけていること。ヨゼットさんの話を聞く中で、知らずにいることで多くのことに加担してきたのではないかと思うと、心の奥に冷たいものが走るようだった。一方で、多くの現状を目の当たりにし、試行錯誤した上で「知るきっかけを作ることで、必ず変えられることがある」と語る彼女のポジティブなメッセージは心強く響く。実際に多くの人を巻き込み、スマホのサーキュラー化、ジュエリーのサーキュラー化を確かに進めるNowaの取り組みに、今後も注目したい。

【参照サイト】Nowa 公式ウェブサイト
【参考サイト】グローバル電子廃棄物統計パートナーシップ
【参照レポート】The Global E-waste Monitor 2020