長野県白馬村。豊かな山に囲まれた人口9,000人ほどのこの村はいま、サーキュラーエコノミーへの移行を進めている。その原動力となっているのが、リゾート&カンファレンスGREEN WORK HAKUBAだ。Circular Economy Hubではこれまで2回にわたりGREEN WORK HAKUBAをレポートし、白馬のサーキュラーエコノミー移行への道筋を追ってきた。今回で3回目となるGREEN WORK HAKUBA Vol.3は、従来のカンファレンス機能に加え白馬村のサーキュラーエコノミー実装を描いていくことを目的とする。これまでの2回を経て、リアルな課題を解決する「具体性」と白馬という「地域性」を前面に出すことへと進化してきた。
HAKUBA CIRCULAR VISIONとは?
HAKUBA CIRCULAR VISIONは、サーキュラーエコノミーの考えを取り入れた白馬村のビジョンで、GREEN WORK HAKUBA Vol.3で正式に発表された。雄大な自然を誇る白馬村で特に深刻なのが、気候変動が原因の一つとなっている雪不足。「石油よりも貴重」と呼ばれるパウダースノーを有する白馬村が、持続可能な未来に向けて動いていく決意表明ともいえる。同ビジョンのフレーズ「サステナブルを、遊ぶ、企む、つくる」は、白馬村が遊び相手として共に過ごしてきた自然の中で、遊び心を取り入れた形で楽しみながら移行を進めていくという意味が込められている。
HAKUBA CIRCULAR VISION
同ビジョン発表に際し、「2030年の白馬村」がビジュアルと言葉で表現された。
2030年の白馬村
1. 大自然をサステナブルに楽しみ尽くす
白馬で過ごす醍醐味のひとつ。早朝、森を走り汗をかいたあとは白馬で採れた野菜を使った自然派レストランでひと休み。別の日は環境負荷の少ない循環型スキー場でひと滑り。サステナブルをテーマに掲げた不定期開催の音楽フェスに立ち会えたらラッキー。大自然を全身で楽しんでいるうちに、いつの間にかサステナブルな活動に加わっている。
2. 自然をもっと知りたくなる
ホテル主催のサステナブルツアーに参加し、自然の美しさとそれを守り維持していくことの大切さを学ぶ。または村の間伐材でつくった公園やパブリックビーチで地元住民から白馬の良さを聞いたり、村に点在する自然エネルギーの発電機を案内してもらったりしているうちに、いつの間にか環境問題が身近な存在になっていることに気づく。
3. 次世代の暮らしを間近で見る
村内を歩くと、共用コンポストや小さな家庭菜園が何度も目に入る。村の電力は再生可能エネルギーでまかなわれており、道路には人力車や排ガスゼロの車が走っていたり、ドローンが飛んでいたりする。喫茶店では都会にいそうな若者たちが白馬の持続可能性について語っている。そんな新しい光景を見ながら、自然のために自分にできることはなんだろうと考える。
4. 生活に新しい選択肢が増える
サステナブルテックの中心地・白馬ベンチャー特区周辺では、あちこちで実証実験が行われていたり、持続可能性に関する立ち話が聞こえてきたりする。視察に訪れている海外の方もちらほら。そんな人々から刺激を受け、自分も何かしたいと仲間に加わるもよし、日々の行動を変えるきっかけにするもよし。前向きな取り組みを受け入れるコミュニティが、白馬にはある。
白馬村観光局事務局長の福島洋次郎氏は、「『持続可能なマウンテンリゾート』白馬としてサーキュラーエコノミーのハブとなる」とサーキュラーエコノミーを白馬村の明るい未来に向けたドライバーとして位置づける。
「ウェルビーイングのショーケースをつくりたい」
福島氏は、白馬村の特徴を「新しいライフスタイルを送りたい人が多いという稀有な場所」「外国人観光客が多いことから、海外へも伝わっていきやすい場所」としたうえで、「ウェルビーイングのショーケースをつくりたい」との決意を表明した。
白馬村観光局 事務局長 福島洋次郎氏
以下は具体的に考えられているプロジェクトだ。まさに「ウェルビーイングのショーケース」を体現しているようにも思える。
- サステナブルな産業をつくる、サステナブルベンチャー特区構想
- 白馬に住む子どもたちが刺激を受ける場所として
- 自然を守る、ゼロカーボンモビリティ構想や循環型ゲレンデ構想
- サステナブルを学ぶ、インターン・カレッジ構想
- 自然と隣り合わせにいる地の利を生かした「新しいカタチの大学」
- 自然を活用する
- 松川パブリックスペース構想:コミュニケーションスペースとして
- 森林活用公園構想:遊具などへの木材の活用を通じて、遊びながら学ぶ
- 家庭菜園構想:白馬の野菜のブランド化を家庭菜園から実現する
白馬村のゼロカーボンモビリティ(EV)
HAKUBA CIRCULAR VISIONに至るまでの道
白馬村観光局は株式会社新東通信とともに2020年9月、GREEN WORK HAKUBAを立ち上げた。その後第2回となるGREEN WORK HAKUBA Vol.2を2021年2月に開催。サーキュラーエコノミーを学ぶとともに、村内・村外双方の視点から白馬の課題に向き合う実践的な場として発展させてきた。たとえば、Vol.2のワークショップでは参加者が持っている実際の資産をもとに、「顧客にとって嬉しく、自然環境にもよく、宿泊施設も利益を生むという3つの側面でみなが満足できる宿泊施設」を考えた。そこで生み出されたのは、デジタルデバイスから離れ、公共交通機関を利用しながら白馬の自然を堪能する「解毒/引き算の旅」だ。実際に、白馬村の民宿IL BOSCOでこの案がサービス化されている。
その後、2021年6・7月に「HAKUBA Vision Design BootCamp」を戦略デザインファームBIOTOPEとともに実施。白馬高校の生徒などを中心に50名が白馬村の未来のあり方について考えた。このワークショップでは、白馬村で残したい資産を洗い出し、気候変動の影響を受ける白馬村のありたい姿を描いた。
Vol.1・Vol.2・BootCampに共通しているのは、サーキュラーエコノミーという概念を起点にすることで、新たな未来像やアイデアが生まれるということだ。それらを一つ一つ紡いでいくことで、より大きな循環型未来の青写真を描いていくことにつながる。
HAKUBA CIRCULAR VISION Vol.3ワークショップ
ワークショップの様子
3つのPを満たすプロジェクトを起案する
これまでの変遷を踏まえたワークショップがVol.3でも実施された。今回の目的は「HAKUBA CIRCULAR VISIONを体現する『企み』を起案する」ことだ。同ビジョンで発表された方向性をさらに具体化していく内容となっている。
ワークショップを特徴づけるものは、Planet(地球)・People(人)・Profict(経済)の3つの軸で評価する「トリプルボトムライン」の概念に則ること。しばしば3つのPのうちに偏りが見られる結果となってしまうことが多いプロジェクト創出過程ではあるが、あらかじめ3つのPを意識しておくことで、取りこぼしがなく本質に迫るプロジェクトへとブラッシュアップされていく。
参加者の持っているアセットでビジョンを体現するアイデアを考える
ワークショップは以下のような流れで実施された。
- アセット共有(参加者の持っている実際のアセットを共有)
- アイディエーション(アセットをもとにHAKUBA CIRCULAR VISIONを実現するアイデアを出す)
- ブラッシュアップ:起案したアイデアはトリプルボトムラインを満たしているかを評価し修正する
生まれたアイデア
ワークショップで生まれたアイデアは下記の通り。どのアイデアも地域と環境を再生する要素が盛り込まれている。
- Re:Hakuba Centre -未来の白馬を共に創る場-
- 環境を再生するツーリズム。白馬村を訪問した観光客によるコンポストやリサイクル・林業体験などの「サステナブルな」活動に対して「Green Point」が付与され、村内のアクティビティに使用できる
- サステナブルを遊ぶ・企む・作る「Labo Rary」
- LaboとLibraryを掛け合わせた観光と教育のハブとなる複合型施設。子どもたちがサステナビリティを学べる施設・コンポスト・白馬村のCO2を使用した炭酸泉などが入る
- Hakuba 実験の場
- 企業や大学によるR&Dの実験場として機能。単位取得型のインターンが可能。その成果を「白馬産」として地元に還元する仕組み
- Hakuba Summer Vision
- 既存のものと新しく補うもので新しい白馬村をつくる
- あるもの:ヴィーガン店・間伐材・海外からの移住者など
- 新しく補うもの:量り売り専門店・エシカルミュージアム・バイオプラ製品・地域コンポストなど
- HAKUBA サブロク ファクトリー
- 白馬村で生まれる端材や廃材を使って自然を楽しむ道具をつくる360°循環型ファクトリー
- Future Sketch HAKUBA
- 白馬を訪れる人に向けて未来を感じられる棚を作り、村内外で生まれたサステナビリティに関する製品やサービスを展示する
ワークショップの様子
白馬村のサーキュラーエコノミー、3つの視点
上記で見てきたように、白馬村のサーキュラーエコノミー移行への挑戦は始まったばかりである。海外ではすでにサーキュラーシティーと銘打った包括的な取り組みが多数あり、地域事情に即した形で進められている。これらの事例から、白馬村のサーキュラーエコノミーへの取り組みはどのように位置付けられるだろうか。3つの視点で考えてみた。
1.気候変動と密接な関係
いまや、どの都市や地域も気候変動の影響から免れることはできない。気候変動対策が各地で進められているのは周知の通りであるが、その一丁目一番地は再生可能エネルギーやエネルギー効率化だ。
しかし、今後10年間で世界の循環性を2倍にするだけでも2032年までに39%の温室効果ガス排出削減と28%のマテリアルフットプリントの削減につながるという調査結果を代表例として、気候変動とサーキュラーエコノミー(古くは資源効率)の統合による効果やその必要性はかねてより叫ばれてきた。
地域を問わず気候変動の影響が深刻化するなか、自然と隣り合わせにある地域は人々の生活に直結する致命的な問題として捉えざるをえない。島国であるツバルの外相が、膝まで海に浸かりながらCOP26に向けたメッセージを送ったことは記憶に新しい。
白馬村も、特にこれまで地域の観光資源としてきた「雪」の量の減少が目に見えて感じられるということは、福島氏がVol.1からずっと指摘してきた。気候変動の影響は目に見えて実感してしまう、そんな場所が白馬村である。同村が気候変動に取り組むことによる世界への環境負荷削減貢献度は数字としては大きくないかもしれない。しかし、気候変動を目の当たりにしている同村で、サーキュラーエコノミーとリンクさせて実践することで、エネルギー対策が気候変動の中心施策になっている他地域に対する先行事例となる期待を抱かせる。
2.プロジェクト先行型
ワークショップの様子
白馬村のサーキュラーエコノミー移行の動きは、ビジョンに即したプロジェクトをまず作っていくという意味で「プロジェクト先行型」といえるのかもしれない。2016年からサーキュラーシティへの移行に取り組んでいる英国ピーターバラ市は、サーキュラーシティ移行におけるプロジェクトの位置付けとして次の3点を挙げている。
- 立証する
- (サーキュラーシティロードマップが発表された当時、)サーキュラーエコノミーが及ぼす経済・社会・環境への影響の根拠は乏しかった。プロジェクトの有効性が実証されることで、さらなる政策の立案・遂行をエビデンスベースで進められる
- 巻き込む
- 他の域内企業などが同様の動きを取ることにつながる。それにより、イノベーションが起こる可能性がある
- 前進する
- 何よりもプロジェクト自体がサーキュラーシティに向けて貢献する要素となる
ピーターバラ市(人口約20万人)と白馬村(人口約9,000名)の規模や背景は大きく違うものの、白馬村で取り組むプロジェクトの意義はまさにこの点に集約される。
さらには、サーキュラーエコノミーのプロジェクト考案の過程そのものが、持続可能な未来のあり方について白馬村全体で共有することにつながる。すなわち、点としてのプロジェクトを先行させる形で全体を巻き込んでいくということが当てはまるのではないだろうか。
3. ステークホルダーが多様
白馬村は外国人延べ宿泊者数16万4,377人(2019年)と、北海道ニセコ町と並ぶ外国人観光客にも人気のスポットとして知られている。約9,000名の白馬村の人口に対して、外国籍は1,100人(2019年時点)。開けた村として、村外に対してオープンな姿勢を持っているようだ。協働が不可欠であるサーキュラーエコノミーを加速させる基盤は整っている。
循環型都市を構築するに当たって大切なことは、都市内の事業者や個人など多様なステークホルダーと共に、長く綿密なディスカッションと合意形成を重ねていくことであることは先進事例からも明らかだ。GREEN WORK HAKUBAに代表されるように、白馬の場合は村外または国外まで視野を広げ、多様なステークホルダーに関わってもらおうというオープンな姿勢を持ちづつけている。
実際、今回のGREEN WORK HAKUBA Vol.3では、村外から集まる参加者もそれぞれの知見を持ち寄って白馬村の未来を考える。一方の白馬村も、外部からの知見を取り入れていく姿勢を持っている。分野や場所に縛られない多様なステークホルダーが新たな起爆剤となることは、ワークショップから考案されたプロジェクトからも見て取れる。
さらに、サーキュラーエコノミーへの移行には、先進事例から学ぶとともに、それを加速させる技術や促進させるもの(イネーブラー)も重要だ。同カンファレンスには、以下のような学びを得られる場も設けられた。さまざまな先進事例やイネーブラーについて、視野を広く持って取り入れていくことが結果として早道となる。
- バイバイ・プラスチックバッグ:インドネシアで脱プラスチックに取り組む
- 環境省:カーボンニュートラル実現に向けて
- サーキュラーエコノミー・ジャパン:サーキュラーエコノミーの最新動向
- 鹿児島県大崎町:サーキュラーエコノミー先進事例として
- 面白法人カヤック:鎌倉でのまちづくりの実践事例として
- ボーダレス・ジャパン:ソーシャルビジネスの作り方を学ぶ
- 知財図艦:サーキュラーエコノミー移行のうえで必要になるかもしれない知財と事業をマッチングさせる
- Synflux:AI衣服デザインシステムで製造段階の廃棄物削減に取り組む
- 国内外の最先端素材(東京大学生産技術研究所の「廃棄食材からできた新素材」含む)
【編集後記】サーキュラーエコノミーを起点に人やアイデアを集める
GREEN WORK HAKUBA 会場の様子
HAKUBA CIRCULAR VISIONの最大の特徴は、それ自体がさまざまな人やアイデアを集める「実験場」としての接着剤になっていくとの期待を持たせることだ。「実験場」という言い方は少々軽はずみなのかもしれないが、危機感を認識しながらも遊ぶ要素を取り入れ、人をワクワクさせる、そんな気概が必要なのかもしれない。それこそが、環境を再生しながらも人と人を結びつけ、新しいアイデアやイノベーションを通じて、村が繁栄していくプロセスとなるのだろう。その起点としてのサーキュラーエコノミーの役割は大きい。白馬村の「サーキュラービレッジ」への挑戦は、私たちに重要な示唆を与え続けてくれるだろう。
写真はすべて株式会社新東通信 / CIRCULAR DESIGN STUDIO.提供。
GREEN WORK HAKUBA これまでのレポート
GREEN WORK HAKUBA Vol.1(2020年9月開催)
- 【連載①】長野県白馬村で学ぶサーキュラーエコノミーの本質。GREEN WORK HAKUBAレポート〜サーキュラーエコノミーの概念編
- 【連載②】サーキュラーエコノミーの事例編〜長野県白馬村で学ぶサーキュラーエコノミーの本質。GREEN WORK HAKUBAレポート
- 【連載③】サーキュラーエコノミーの実践編 〜長野県白馬村で学ぶサーキュラーエコノミーの本質。GREEN WORK HAKUBAレポート
- 【連載(最終回)】白馬村で考えたサーキュラーエコノミー 〜長野県白馬村で学ぶサーキュラーエコノミーの本質。GREEN WORK HAKUBAレポート〜
GREEN WORK HAKUBA Vol.2(2021年2月開催)
- 【前編】気候変動とサーキュラーエコノミー| 長野県白馬村での体験・実装ワークショップ GREEN WORK HAKUBAレポート
- 【中編】地域に根付いたサーキュラーエコノミーの事例 | 長野県白馬村での実装プログラム GREEN WORK HAKUBAレポート
- 【後編】白馬でのサーキュラーエコノミー実装ワークショップ・まとめ | 長野県白馬村での実装プログラム GREEN WORK HAKUBAレポート
【参照記事】「サステナブルを遊ぶ、企む、つくる。」 白馬村の未来をつくるビジョン「HAKUBA CIRCULAR VISION」を発表
【参考】GREEN WORK HAKUBA 公式HP