東京から電車で3時間半、長野県北西部に位置する白馬村。 美しい自然に囲まれた人口9,000人ほどのマウンテンリゾートには、コロナ禍以前は年間240万人の観光客が訪れており、 冬はスキー、夏にはマウンテンバイクやパラグライダーなどのアクティビティが楽しまれている。

そんな白馬村が今、サーキュラーエコノミーの実践地となりつつあることをご存じだろうか。2021年2月28日から3月3日にかけて、サーキュラーエコノミーをテーマに、地域のあるべき姿を提示し実装につなげるリゾートカンファレンス「GREEN WORK HAKUBA Vol.2」が開催された。

急峻な山並みを誇る北アルプスを望むスキー場などを会場にし、その自然環境を脅かす気候変動とその解決先として位置付けられるサーキュラーエコノミーを学ぶ4日間だ。

第一回目の連載に続き、同カンファレンスの様子を、テーマ別に3記事に分けて連載していく。

実施概要

名称:GREEN WORK HAKUBA
公式ウェブサイト:http://www.vill.hakuba.nagano.jp/greenworkhakuba/index.html
期間:2021年2月28日(日)~3月3日(水)
場所:長野県白馬村
主催:白馬村観光局
プロジェクト事務局:株式会社新東通信/株式会社インフォバーン
参加者数:27社 40名

GREEN WORK HAKUBA ロゴ(提供:GREEN WORK HAKUBA プロジェクト事務局)
GREEN WORK HAKUBA ロゴ(提供:GREEN WORK HAKUBA プロジェクト事務局)

1日目のテーマは「気候変動とCE(サーキュラーエコノミー)」。白馬村は世界でも有数のパウダースノーが魅力のスキーリゾートとして知られているが、近年は雪不足に悩まされていることもあり、気候変動は喫緊のテーマだ。本記事では、気候変動やサーキュラーエコノミーに関する行動者、そして白馬村での実践者たちによる講演が行われた1日目の学びをお届けする。

1. 白馬村と気候変動

GREEN WORK HAKUBAの1日目の会場に足を踏み入れると、変わったデザインが目に入ってくる。

積雪の様子
会場の柱に貼り付けられたデザイン(提供:GREEN WORK HAKUBA プロジェクト事務局)

これは、白馬村の積雪量を表すものだ。2005年に比べて、2010年では大きく量が減っていることがわかる。複数のスキーリゾートを有する白馬村にとって、気候変動による雪不足は深刻な問題となっている。気象庁によると、2015年には1月の平均気温がマイナス2度ほどだったが、2019年から2020年にかけては1月になっても気温が0度を下回ることはなかった。

10年以上前に白馬村に移住し、地域の自然の恩恵を受けて活動するエヴァーグリーン・アウトドアセンターのオーナー、デイビッド・エンライト氏はこう述べる。

「僕が移住してきた当時は、冬になったら雪が3~5メートル積もっていました。でも今は暖冬が普通で、たまに雪が積もったら珍しいと言われるくらいになっています。」

会場の柱に貼り付けられたデザイン(提供:GREEN WORK HAKUBA プロジェクト事務局)

白馬村の危機的な状況を受けて2019年9月20日、地元高校生3人が「グローバル気候マーチ」を企画。“大人たちの責務は、よりよい未来を残していくこと。このままの未来は欲しくない” と気候変動対策を訴えた。これを受けた白馬村は、2019年12月に白馬村気候非常事態宣言を発令している。

高校生たちは、地域で活躍するコミュニティHAKUBA SDGs Labと共に、省エネルギーと学習環境の向上を目指して学校の断熱改修も自分たちの手で行っている。この一連の取り組みは、環境省が発行する2020年版環境白書に掲載された。

白馬村では現在、気候変動に立ち向かうために、サーキュラーエコノミーの概念を取り入れ、地元事業者が実装できる「サステナブルなマウンテンリゾート」を目指している。「人も物もお金も地域で循環することが理想」と白馬村の観光局事務局長である福島洋次郎は述べる。

会場の様子(提供:GREEN WORK HAKUBA プロジェクト事務局)
会場の様子(提供:GREEN WORK HAKUBA プロジェクト事務局)

「人間は自然の一部です。私たちの便利さや娯楽のために、動物たちを追い出してはいけない。日本アルプスの水源や、山や森、動物、植物、そして雪も、貴重な資源です。これらすべてが繁栄して豊かになるために、国はどのような法規制をつくればいいのか。企業は、数年後に何が成し遂げたいのか、そしてそのために今日は何ができるのか。長期的・短期的両方の目標を立てて行動するべきです。」とデイビッド氏。

2050年には、世界人口100億人(30年で1,3倍)に増え、世界銀行によると年間廃棄物は34億トン(70%増)、食品の需要は1,7倍になると予測されている。地優の資源が限界を迎える中、2050年以降も「持続可能な社会」へと転換させる手段として、いまサーキュラーエコノミーが求められている。

2. 気候変動とサーキュラーエコノミー

サーキュラーエコノミーについての基本的な説明は第一回目の連載でも行ったが、その言葉の捉え方や、循環分野を取り巻く状況は日々変わっている。

まず、一般社団法人サーキュラーエコノミー・ジャパン代表理事であり、2021年には自らアパレル分野で循環を実現するD2Cブランド「BIOLOGIC PHILOSOPHY」も立ち上げている中石和良氏より、サーキュラーエコノミーの定義や最新事例が共有された。

「2015年にEUが採択した “サーキュラーエコノミー・パッケージ” がカバーする範囲は、資源効率・資源生産性に限られていました。ですが、サーキュラーエコノミーはもはや資源の循環だけを指す言葉ではありません。廃棄物・汚染排出ゼロで、自然のシステムを再生し、人々のレジリエンス・健康・ウェルビーイングを向上させる経済システムとなっているのです。」

オンラインで参加する中石氏(提供:GREEN WORK HAKUBA プロジェクト事務局)
オンラインで参加する中石氏(提供:GREEN WORK HAKUBA プロジェクト事務局)

「持続不可能」から「持続可能」へと変える手段

人口も環境負荷も増える中、経済がこのままの形で永遠に成長し続けることはできない。では、2050年も持続可能な社会をつくるためにはどうしたらいいのだろうか。中石氏は、経済成長と環境負荷の分離(デカップリング)をはかることが重要だと述べる。

経済成長と環境負荷を分離する

出典:国連環境計画:Decoupling Natural Resource Use and Environmental Impacts from Economic Growth

経済成長のそもそもの目的は、人々のウェルビーイングを向上させること、つまり私たちがより豊かで幸せに生きられるようになることだ。それを実現させるのに、企業は気候や生物多様性などに有害な影響を与え続けるのではなく、むしろ環境を再生するような事業を行っていく。近年では、パタゴニアのリジェネラティブ・オーガニック認証などが知られている。

欧州環境機関が発表した「IPCCセクター別温室効果ガス排出量」の図によると、オゾン層を破壊する温室効果ガスの排出はエネルギー分野が一番多く29.3%、次に運輸分野で19.5%。ものづくりや農業も大きなインパクトを持っている。これらの温室効果ガスの問題を解決するには、システムを根本的に変えサーキュラーエコノミーに移行していく必要がある。

はじめから循環が前提でデザインする

サーキュラーエコノミーに取り組むことは、資源のリサイクルに取り組むことと同義ではない。ビジネスモデルの中で、最初から廃棄物を出さないようにデザイン(設計)することだ。中石氏は、サーキュラー・デザインやサーキュラー・プロダクトの必要性を訴える。

Layla Acaroglu (2020) “Quick Guide to Sustainable Design Strategies” 

サーキュラー・デザインを行うということは、製品ライフサイクルのすべての段階に取り組むことを意味する。これは一社では難しく、業界を超えて知識を共有し、協業するという水平統合・融合をすることで初めて実現できるのだ。

企業がサーキュラーエコノミーに取り組む動機

一方、今後すべての製品が循環を前提に作られると、コモディティ化も起きる(=それまで価値のあった循環型の商品の市場価値が低下し、それが一般的な商品となること)ので、各企業の差別化が難しく、収益源にはならない可能性は十分にある。そのうえで、企業が自社事業をサーキュラーエコノミーに転換していく動機はどのように変わっていくのだろうか。

これまでは、以下が企業の主な動機となっていた。

リスクの軽減

  • 資源の価格・供給変動
  • 改変、規制、税制
  • サプライチェーンリスク
  • 顧客喪失

ブランドの強化

  • ESG投資家からの関心
  • 消費者の要求
  • 従業員の期待
  • 採用活動

しかし現在は、以下のような動機が追加されている。

コストの削減

  • サプライチェーン製造コスト
  • 資源使用、エネルギー効率
  • 廃棄物コスト
  • 資産活用効率化

収益創出・成長戦略

  • 新規収益源
  • 新規事業モデル
  • 新市場。顧客の獲得
  • 事業ポートフォリオの拡大
  • イノベーションの創出

リスクを軽減して、サーキュラーエコノミーに取り組んでいるというブランディングを行うことに加えて、コストや資源の削減という実質的なメリットを享受しながら、長期的な成長戦略を立てていく。それが今後のサーキュラー企業といえる。

では、実際にサーキュラーエコノミーに取り組む世界各国の政府や企業の状況を見ていこう。

各国の政府・企業の最新サーキュラーエコノミーの状況

EUでは、2019年12月に人々の幸福と健康の向上をとした欧州グリーンディールが発表された。これは、欧州諸国での気候中立(EUからの温室効果ガスの排出を実質ゼロにすること)と動植物の生息環境を守ることを目指したEU環境政策の全体像を示したものだ。

また、2050年までに温室効果ガスゼロでの経済成長を行うため、さまざまな戦略にサーキュラー原則をいれている。特に重要されるのが、EUタクソノミーだ。これは、投資家の資産運用と企業の設備投資を脱炭素化に集中させる金融政策である。

2020年3月には、新たに「Circular Economy Action Plan(循環型経済行動計画)」を発表。2015年の行動計画をさらに推進する目的で策定されたこの計画には、3つのポイントがある。

  • 持続可能な製品の立法イニシアチブ(Sustainable Product Legislative Initiative)
  • 消費者の権利の強化
  • 重点分野(電子機器とICT・バッテリーと車・包装・プラスチック・テキスタイル・建築・食)の取り組みの加速

欧州委員会が新たな「Circular Economy Action Plan(循環型経済行動計画)」を公表 より)

欧州の産業界が循環できる状態に転換しようと思ってから、実現までは25年かかると試算されている。EUを公正で健康で持続可能な大陸にするため、現在急ピッチで取り組みが進められているのだ。

各国の動き

現在、世界のさまざまな国でサーキュラーエコノミー実現に向けたビジョンの策定・取り組みが進められている。

たとえばフランスは100%の循環性を目指したロードマップを2018年に発表した。フランスは、産業構造が日本とよく似ている。イギリス、スコットランド、イタリアなども、国家としてサーキュラーエコノミー実現のためのロードマップを描いている。ドイツは、環境や人々へも配慮した「360度の経済モデル」を作ることがサーキュラーエコノミーだと捉えている。

また、近年目覚ましい成長を遂げているのが中国だ。2009年には「循環経済促進法」が施行され、2013年には循環のための具体的な取り組みについて示した「循環経済発展戦略および短期行動計画」が発表された。2018年7月には、EUとの「循環経済協力に関する覚書(Memorandum of Understanding on Circular Economy Cooperation)」に署名し、欧州における一帯一路構想のためのグリーン開発を行うなど、EUと連携・共創しながら綿密にサーキュラーエコノミーの計画を描いている。

アメリカでは、これまで企業や地域がサーキュラーエコノミー移行の中心となっていた。2021年のバイデン政権への交代後、気候変動と格差是正のためのグリーンニューディールが具体化されてきており、サーキュラーエコノミーへの転換も期待できる国の一つだ。

日本における循環型経済

日本では2050年までのカーボンニュートラルが新たな成長戦略(=グリーン成長戦略)となっている。これは現時点ではエネルギー分野の温室効果ガスをいかに削減するか、に焦点が当たった戦略であり、達成に向けては、漠然とビジョンを描くだけでなく、産業を巻き込んで具体的に行動することが重要だと中石氏は指摘する。政治・経済転換の腕力、スピード感、そしてそれを受け入れる文化の柔軟性が問われている。

2020年5月、経産省は今後の循環経済政策の基本的な方向性を提示する「循環経済ビジョン 2020」を取りまとめた。

2021年1月には環境省と経団連という異例のタッグで「循環経済パートナーシップ」の立ち上げに関する合意が行われた。3月の発表で、具体的には以下の取り組みが行われることが明らかになっている。

  1. 日本の先進的な循環経済に関する取組事例収集と国内外への発信・共有
    • パートナーシップWebサイトの構築と事例等の情報発信
    • 取組事例集の作成
    • 一般向け広報イベント等での発信 等
  2. 循環経済に関する情報共有やネットワーク形成
    • 国内外の最新動向の発信
    • 年1回の定期会合 等
  3. 循環経済促進に向けた対話の場の設定

グローバル企業の動き

エレンマッカーサー財団のグローバルコミットメント2020年レポートによると、サーキュラーエコノミーに対する大きな進捗が見られるのは容器包装業界であることがわかった。使い捨てプラスチック容器やビニール袋の段階的廃止、リサイクルできる素材への転換などが進んでいる。

1年間で3,000億着に相当する衣服が捨てられるアパレル・テキスタイル分野では、ファッションに関わる国際的な協定である「Fashion Pact」が締結された。グッチは2016年から未使用の素材ではなくリサイクル素材から再生された原料を使用した衣服づくりを行い、アディダスはサーキュラーエコノミーの原則にインスピレーションを受けた「Three Loop Strategy」を公表している。

製造業界では、顧客にモノを売るのではなく、顧客の目的を果たすための「サービスを提供」するという概念である「Product as a Service」が広まりつつある。個人としても、常に使うもの以外は所有する必要はなく、ウェルビーイングを高める手段さえ提供してくれればよいという考えだ。

たとえばフィリップスのLight as a Service(使った分だけ電気使用量を支払う)や、ミシュランのTyre as a Serivice(走行距離や車の重さ、航空着陸回数だけ支払う)、三菱電機のElevator as a Service(使った回数に応じて支払う)、ロールスロイスのJet Propulsion-as-a-Service(使った量や時間分だけ支払う)がある。

また、さまざまな業界で資源や知識、サービスを互いに共有するためのデジタルプラットフォームづくりも行われている。Airbus SkywisePalantirなどがその好例だ。

目的はウェルビーイングを実現すること

スノーボードで作られた
提供:GREEN WORK HAKUBA プロジェクト事務局)

世界でサーキュラーエコノミーに関するさまざまな動きが進む中、あなたの働く企業ではどのような取り組みをしてみようと考えただろうか。日々の業務に忙殺され、カーボンニュートラルや、資源効率化を目的として満足してしまってはいないだろうか。

中石氏は、環境と経済成長の分離が必要なのはもちろんだが、その本質は環境とヒューマンウェルビーイングの分離だと述べていた。私たちが行うあらゆる業務は、環境に配慮して終わりではなく、人々の健康や生活の質を向上させる目的を持っていなくてはならない。

「現状はダメだ」と現代の資本主義を否定するだけでなく、360°の目線で考える。たとえばファッション業界であれば、オーガニックコットンを使うだけではなく、紛争鉱物を使っていないか、途上国で強制労働に加担していないか。倫理を第一に置き、誰も取り残さないように経済をリデザイン(再設計)していく。それがこれからのサーキュラーエコノミーである。

3. 【中編】地域に根付いたサーキュラーエコノミーの事例

以上、前編ではサーキュラーエコノミーの概念について考えた。概念を理解したところで、実践に向けて国内外の先行事例を知る必要がある。連載②では、「サーキュラーエコノミーの事例編」をお届けする。

【中編】地域に根付いたサーキュラーエコノミーの事例へ

 

【関連記事】【連載①】長野県白馬村で学ぶサーキュラーエコノミーの本質。GREEN WORK HAKUBAレポート〜サーキュラーエコノミーの概念編

【参照】GREEN WORK HAKUBA