英サセックス大学のデジタル・ヒューマニティーズラボ(SHLデジタル)はこのほど、気候リスクのコミュニケーションツールキットの最新版を発表した。
COP26大学ネットワーク(現UK大学気候ネットワーク、UUCN)の気候リスク・コミュニケーションプロジェクトの一環として開発された同書は、気候科学と気候行動とのギャップを縮め、気候科学者・意思決定者・多様なコミュニティや利害関係者間の対話を支援することを目指す。最新版の概要は下記のとおり。
ツールキットの目的は、幅広い読者に主要なテーマを紹介し、研究および議論における課題を特定することだ。ツールキットは、不確実性とリスクに関するさまざまな概念、不確実性データの可視化におけるベストプラクティス、転換点とモデルの不確実性に関する事例、気候変動ファイナンスの取り組みなどを提示する。
重要な概念や方法論は領域間や領域内で異なるため、情報が十分に伝達されなかったり誤解されたりする可能性がある。リスクや不確実性などの用語も、共通した認識で使用されていない。深刻な不確実性を伝えることは難しく、標準的なリスク管理手法に適切に統合されていない場合が多い。気候変動コミュニケーションの研究と実践は、ストーリーテリングや心理学などの分野だけでなく、政治経済学の観点からの洞察も統合する必要がある。
各分野の推奨事項は、次である。
気候リスク管理
- 気候科学を気候変動対策に活用するためのコミュニケーションは改善できる。気候に関する意思決定への効果的なアプローチは、政策・企業・金融・第三セクター・気候リスクの影響を受ける地域社会におけるリスク管理の実践に、不確実性をめぐる科学的実践を結びつけることだ
- 包括的な枠組みとして意思決定に関連する気候情報を伝え必要な変革を促すという点で、リスク管理には限界がある。限界の克服に向けて、「新しいリスク管理慣行を採用し進化させること」「反射的および批判的な方法で、リスク管理慣行を採用すること」「完全にリスク管理の枠組みの対象外となる時期を把握すること」が有効だ
- 気候変動の枠組みを説明する際、使命に基づくアプローチ・参加型ガバナンス・広範な公平性と正義に配慮してリスクは管理され、リスク管理は移行ガバナンスの一部に過ぎないことを明確にする必要がある
気候コミュニケーションと行動変容
- 行動変容を恒常化させるポジティブストーリーの共有は効果的だ
- 行動変容は限られた気候変動関係者や文脈のみに焦点を当てるのではなく、積極的な行動のモデルを多く共有するべきだ
- 行動変容の規模拡大には、制度的および経済的インセンティブを変革しなければならない
- 排出量削減において個人の責任に過度に依存することは、適切な時期におけるネットゼロ移行を危うくし、法的・制度的・経済的な改革を遅らせる可能性がある
気候コミュニケーションと科学的不確実性
- IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、不確実性の定量化とコミュニケーションに長年取り組んできた。最新の報告では、リスク評価とリスク管理も、世界的な緩和と適用の取り組みを支える重要な枠組みとして想定されている。政策・企業・金融・広範な社会的文脈における意思決定に、不確実性に関する科学的理解を結びつけるには、多くの行動が必要だ
- 不確実性が適切に定量化され伝えられれば、専門家・意思決定者・その他の利害関係者は協力を深められる。しかし、「倫理的および政治的に中立でなく、透明性・包摂性・正義の目標と相容れない」「特定の利害関係者グループに不当な不利益を与える」など、望ましくない結果を招く場合もある
気候変動コミュニケーションとコンサルティング業界
- 気候変動対策に向けた実践的モデルの構築が重要であることについて、同意が得られつつある。多くの組織はネットゼロ達成目標を掲げているが、実現に向けた戦略を策定していない。気候コンサル業界はこうしたギャップに対応するべく、急速に拡大し専門化している
- ネットゼロコンサルティングやその他の気候変動コンサルティングの規制強化を検討すべきだ
- 気候変動コンサルティング業界の多くの法的構造・規範・手法は、伝統的な経営コンサルティングから派生した。同業界の価格・独立性・変革性・透明性の確保について、疑問視する声もある
- 業界の透明性向上には、ネットゼロ達成に関する知識を業界内で迅速に共有することが極めて重要だ
気候コミュニケーションとAI
- 生成AIにおける最近の進歩は、気候変動コミュニケーションを変革する可能性を示唆する。一方、AIによる炭素の大量消費など、AIの導入には懸念もあり、さらなる研究と潜在的な政策介入は喫緊の課題だ
- AIと自動化は、費用対効果の高いネットゼロにおける意思決定への大きな支援という課題の対処に役立つ可能性がある
気候コミュニケーションと参加型民主主義
- 炭素排出量が急速に減少しない限り1.5度目標の達成は困難だが、参加型の気候変動の特性を深めるためにできることは多い。賛同を得ない急速な移行推進は、反発や遅れを招くリスクがある。国や地域は、参加型行動強化に向けた事例から相互に学びを得られる
科学を政策に伝える
- 政策立案者は、気候政策立案が断片的であるという課題に直面している。説明責任強化や予算拡大を超えて、同課題に対処する必要がある
- 気候リスクに関する科学的・学術的研究は複雑さと不確実性を内包しており、政策決定に反映させることは極めて困難だ。政策立案者は現在、意思決定に関連する専門知識の統合を目的とする意思決定支援ツール・枠組み・作業方法を欠いている
気候コミュニケーションと教育への学際的アプローチ
- 科学・社会科学・芸術・人文科学を横断する学際的な協業の価値は明確だ。しかし、大半の国において資金・研究・影響力が拡大する速度は、気候変動リスクの緊急度より低い
【参照記事】Communicating Climate Risk: A Toolkit
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