外にいるのが気持ちのいい季節、夏。多くの野外フェスティバルが夏開催される。その光景はここ数年、様変わりしている。ネバダ州で開催されるバーニングマンフェスティバルは砂漠に仮設都市を作ることで世界的に知られるが、2023年8月下旬、開催からわずか数日後で恐怖の「陸の孤島」へと姿を変えた。24時間で最大20ミリという前例のない雨が砂漠を泥沼に変え、7万人のフェスティバル参加者を閉じ込め、居合わせた人々は食料や水、燃料を少しずつ分け合いながら救出を待つことになった。世界中155カ国から4万人ものスカウトが集うスカウト・キャンプイベント「スカウトジャンボリー」も2023年8月、開催された韓国・釜山からほど近い会場では台風と35度を超える猛暑のなか参加者数百人が体調不良を訴え、さらには衛生的な懸念もあり、予定していたよりも大幅に短い日程でのイベント中断と終了を余儀なくされた。オーストラリア・NSW州北部で開催される「スプレンダー・イン・ザ・グラス」フェスティバルは2022年、雨が降り出して水位が急速に上昇。泥沼と化したキャンプ地が水没した。初日の全プログラムがキャンセルされるなか、5万人もの参加者が足止めされることとなった。トイレなども水没しており、大腸菌による環境や人の健康への影響も懸念された。
このように、直近の例を挙げるだけでも、野外イベントが気候変動と自然災害の激甚化の影響を直接的に受けていることは明らかだろう。
ネバダ州で開催されるバーニングマンの会場/出典:Unsplash (linda wartenweiler (@lindaswizz))
気候変動による異常気象で各地の夏が暑くなればなるほど、こうした野外イベントを開催する危険度は増す。これまで、イベント産業は実に大きな環境負荷をもたらしてきたが、これが少なからず気候変動へ寄与してしまい、結果イベント開催自体が物理的・経済的なリスクも大きくなり、今後イベントの開催・運営自体が立ち行かなくなることも容易に想像できる。屋内イベントであっても飛行機や新幹線などの移動手段は天気の影響を受けるし、滞在先で洪水や台風などに見舞われた場合には数千から数万人という参加者をいかに速やかに安全に待機・避難させるかといった点については野外イベントと同様に影響を受ける。
イベント産業はリニアの典型
イベントが気候変動の引き金となる環境負荷を多く生み出すのはなぜか。それは、多くの人が集うことで、一時的に急激な移動や消費が起こるためだ。イベント開催日程の間だけ、という短期間の間に多くの人が一つの場所に集まり、食事をし、寝泊まりし、さらにはより華々しい会合のためだけに装飾やブースや展示物など多くのものを短期利用を目的に作り出し、終わるとすぐに解体して廃棄する。これはまさにリニアの典型といえるだろう。さらに、地域に暮らす人口規模とは比べ物にならないだけの人数が生活できるように必要な食材や資源が会場に運び込まれるため、さらに同じだけ大量の廃棄物を生み出しうるため、通常にも増して資源の循環の「ループ」を閉じる必然性が生まれる。
さらに、こうしたイベントの際には、通常消費しないような量・物まで消費してしまう「お祭り消費」も加速させる。
イベント産業がリニアの仕組みから抜け出せない理由はいくつかある。まず、イベントを取り巻くビジネスモデルは長期メリットを視野に入れておらず、短期的な利益だけを追求する構造だ。さらに、イベントを企画する目的が短期的経済効果に偏っており、長期的経済・社会・環境へのメリットを促すインクルージョンやコラボレーションの視点に欠けているという点も挙げられる。さらに、イベント産業のリーダーが気候変動を何であるか理解していないケースも多い。
一方で、イベント産業を起点としたサーキュラーエコノミーを確立することができたらどうなるだろう。経済的にはもちろん雇用創出や地域内の投資が活発になる。社会的には、様々な人が行き交うことによる文化的多様さ、豊かさ、その場所の文化的影響力の強化、さらに環境にとっては、その土地の自然資源の拡大、生物多様性の充実などを望むことができる。
産業を変える取り組み
まず事実として起きている自然災害の激甚化を前に、フェスティバルの主催者が今後これまで通りの時期・場所で開催を続けるのであれば、最低限必要な適応策として、水やトイレなどの主要なインフラが暑さや洪水に対処できるようにすることなど、先を見据えた異常気象への緊急時対応計画の策定が急務である。参加者らの間で起こりうるパニックを防ぎ、異常気象による混乱をより適切に管理できるよう徹底する必要がある。
これに加え、イベント自体から発生する環境負荷を限りなくゼロに削減し、ひいては環境にプラスになるように開催・運営するために、数々の団体が取り組みを進めている。
例えば、1999年に始まったノルウェーの「Øya Festival(オヤ・フェスティバル)」。首都オスロの大自然の中で開催される音楽イベントで、2009年から完全再エネと環境負荷削減を徹底したイベント運営を行う。手作業による細かなごみ分別に加え、会場における業者による無料サンプルやチラシ配布などはすべて禁止。長年の主催者からの働きかけにより、参加者のうち98%が徒歩・自転車・公共交通機関によって会場に来るというから驚きだ。
同様に、環境負荷削減や資源循環の徹底ぶりで同様に知られるのは、オランダ・アムステルダムで開催される「DGTL(デジタル)」だ。家で寝転んで過ごすよりもサステナブルな異色音楽フェスティバルで、2022年には世界初完全循環型音楽フェスティバルを達成している。マテリアルフローアナリシスで資源の流れをモニターし、改善できる点を把握。会場にゴミ箱はなく、参加者に分別して適切な資源箱に入れるなど「良い」行動をしてもうための工夫が各所に凝らされている。DGTLサプライヤーカンファレンスでは計画を伝え、サプライヤーらと課題や情報を交換する。フードコートで余る資源は24時間以内に堆肥化。行政や教育機関、様々な取り組みを行う団体やスタートアップと連携するなど循環型都市への移行に必要な要素をテストするリビングラボとしても機能している。
環境負荷ゼロ・ごみゼロの完全サーキュラー音楽フェスティバル「DGTL」/出典:DGTL
さらに、イベント主催者らが横で繋がり、産業全体を変えていこうとする動きも顕著だ。欧州グリーンディールの枠組みのもと2019年末には「Green Deal Circular Festivals(グリーンディール・サーキュラー・フェスティバル)」が発足。音楽フェスティバルを運営する16以上のフェスティバル主催者からなり、フェスティバル業界を将来性のある循環するものに変えることを目的として活動。これらイベント主催者らは共に2025年までにサーキュラーフェスティバル実現を目指す。主に情報交換とベストプラクティスを共有する場が設けられ、DGTLとして、私たちは他のフェスティバル主催者らに向けてサーキュラーイベント実施のためのロードマップと戦略を共有し、データ収集の方法や運営をモニターするための方法、そのためのツールなどの共有などを行う。
イベント主催者に向けた、サステナブルなイベント実現に向けた分析・モニタリングツールも生まれている。「eventflux(イベントフラックス)」は、イベント開催に際して発生するありとあらゆる環境負荷と資源循環を数値化。また、マテリアルフローアナリシスを用いて現状を可視化し、インパクトエリアを導き出してくれるツールだ。廃棄ゼロを含む環境負荷ゼロのイベント達成に向けた現在位置の可視化と対応が必要なエリアの割り出し、進捗のモニタリングなどをすることができる。オランダのDGTLを開催するApenkooi Eventsが、同じくオランダアムステルダムに拠点を置くサーキュラーエコノミーに特化したシンクタンクであるメタボリックのマテリアルフローアナリシスを用いて開発した。「EventFlux」が2021年にローンチした後、現在までにすでに多くのイベント主催者が導入し、オペレーションの改善に取り組んでいるという。
イベントの環境負荷と資源循環を可視化・最適な対応策を導き出してくれるツール「EventFlux」/出典:EventFlux
国内は?
一方で、国内に目を向けるとどうだろう。
日本のイベント代理店老舗ジャパングレーラインが旗を振る「サステナブルイベントネットワーク」は、サプライヤーやオーガナイザーなどに声をかけ、廃棄物を減らし資源循環を向上するためのベストプラクティス共有や、実際イベント開催に際しての環境負荷を算出し、アクションが求められる優先分野算出などを行う。日本バレーボール協会主催のバレーボールネーションズリーグ2023名古屋大会などはこうした取り組みを進めている。サステナブルイベントネットワークのなかでもパイオニア的存在なのは、イベント・国内外展示会・店舗ディスプレイなどを企画・制作から施工まで手がける老舗のイベント制作会社昭栄美術だ。イベント業界のビルド&スクラップの体質や多くのエネルギーや人材を大量に必要とするといった課題に長年取り組み、業界に先立って循環型への移行を推進してきた。2020年には、持続可能な形でイベントサステナビリティの国際規格であるISO20120を制作・施工を行う会社としては国内で初めて認証取得しており、現在は3Dプリンターなどを活用した廃棄削減プロジェクトなどにも取り組む。
このように、イベント産業全体で環境負荷を減らし、資源循環を確立するための取り組みが国内外で大きなうねりとなって加速しつつある。人が多く集うからこそ生み出せる空間、体験、そして価値があるはずだ。環境に負荷をかけず、資源を再生できるようにイベント開催ができれば、より広くその価値を社会・経済・自然、そこに暮らす人々や参加者らに届けることができるはずだ。