世界中で巻き起こる物価高騰や資源枯渇、自然災害、貧困──新型コロナウイルスや、ロシアによるウクライナ侵攻により、これまで以上に私たちの暮らしは脅かされています。さまざまな課題を抱えながら、2050年には97億人へ増加すると予想されている世界人口に対し、限られた資源で私たちはどう生活していったら良いのでしょうか。
そうした中でいま、世界で注目されている概念が「サーキュラーエコノミー」です。2022年8月17日、欧州在住メンバーによる事業組織「ハーチ欧州」は、このたびサーキュラーエコノミー先端都市と呼ばれる欧州の政策や、オランダ・フランス・ドイツ・英国のユニークな最先端事例を解説したレポート第一弾「欧州サーキュラーエコノミー政策・事例レポート2022」の販売を開始しました。
2022年8月23日には、レポート発売記念に、総勢250名以上の方に向けたオンラインイベントを開催。レポートの見どころをご紹介しました。本記事では、そのイベントのハイライトをお届けします。欧州では、本当にサーキュラーエコノミーは進んでいるのでしょうか?本記事後半では、イベント内では時間の関係で回答できなかった質問などにも触れています。
スピーカープロフィール
藤原ゆかり(オーストリア・ウィーン)
Circular Economy Hub編集部。イギリスの大学院で戦争学、国際関係学を学ぶ。EUの政策・規制、経済、産業、政治、環境リサイクル分野での執筆活動および調査に携わっている。趣味は旅行・油絵・書道・犬の飼育・ワイン(飲酒)。
西崎こずえ(オランダ・アムステルダム)
Circular Economy Hub編集部。高校からオーストラリア・キャンベラ大学で観光経営学を専攻。卒業後マーケティング・PR・CSRコンサルタントとして国内外のブランドを支援。2020年1月よりオランダでサーキュラーエコノミーに特化した取材・情報発信・ビジネスマッチメイキング・企業向け研修プログラムなどを手掛ける。
富山恵梨香(フランス・パリ)
IDEAS FOR GOOD副編集長。大学では行動経済学を学び、卒業後には日系不動産会社のベトナム、ハノイ支店に約2年間勤務。国内外の社会的企業への取材をする傍ら、体験型メディア事業「Experience for Good」責任者としてベトナム・ハノイの「ウェルビーイング」ツアーなどを企画・実施。
クリューガー量子(ドイツ・ハイデルベルク)
Circular Economy Hub編集部。「石油を掘りたい!」と工学を学び、日本で土木技術者として道路設計などを担当。その後、メキシコでスペイン語を学び、自動車業界で日西通訳として働く。2003年に渡独し、現在ライター・ハイデルベルク市公認ガイドとして活動中。Circular Economy Hub編集部員。
伊藤恵(英国・ロンドン)
IDEAS FOR GOOD Business Design Lab 事業開発担当。一橋大学社会学研究科修了。学生時代は東京・シンガポール・香港などアジアのグローバルシティの公共空間・緑化空間について研究し、その後オフィスのインテリアデザインを手掛ける企業にてプロジェクトマネジメントに携わる。現在はライティング・編集ほか、様々なクライアント案件・コラボ案件に取り組む。
※ここからは、イベント登壇者の発言をお届けします。
EU:これまでとこれからのサーキュラーエコノミー政策・規制
藤原: EUによるサーキュラーエコノミー政策の土台には、過去にEUが取り組んできた環境政策のもとで整備された廃棄物管理システムがあります。EUにおける同システムの構築は1970年に始まり、今日までその時々の必要性に対応しながらこれまで発展してきました。そして、サーキュラーエコノミー政策の策定により、廃棄物管理が同政策に一体化されることになります。しかし、サーキュラーエコノミー政策は、廃棄物管理だけにとどまらず、その焦点を生産過程や消費過程にも拡大していきます。
EUはサーキュラーエコノミー政策のもとで、多数の現行規制を改正し、同時に新たな規制も導入しており、その内容は全体的に強化されています。政策の対象は主にEU加盟国ですが、EU市場で事業を行うあらゆる国の企業が対象となるものも多く、そのため国際的に事業を展開する日本の企業も影響を受ける可能性があります。こうした企業にとっては早期の対応が必要となる場合があり、規制の動きを把握しておくことは非常に重要です。
サーキュラーエコノミー政策のもとでは、「製品のライフサイクル全体を取り扱う」という原則に基づき、関連規制の適用範囲が大きく拡大され、規制の対象となる製品も新たに追加されます。また、循環性を促進する観点から、製品の設計時点から耐久性・修理性・リサイクル性を考慮に入れることが前提となっていくため、今後産業界は多角的な対応を迫られることになります。
オランダ:「まずは始めてみる」からこそ進むサーキュラーエコノミー移行
西崎:オランダは、世界に先駆け、初めて国として2050年までにサーキュラーエコノミー実現することを目標として掲げました。それに同調する形でアムステルダム市も同様の目標と戦略を策定。さらにはコロナ禍の2020年、アムステルダム市はサーキュラーエコノミー戦略の中核としてドーナツ都市計画を加えることで、サプライチェーンでつながる他の国や地域、人や環境への影響までを見通したサーキュラーエコノミー移行を実現することを目標に据えました。
オランダでは、国が戦略とロードマップを明確にしているからこそ「まずは始めてみる」ことが可能になり、そしてそこからわかったことを広く共有し合うというアプローチが実を結びつつあります。
特にアムステルダム市では、サーキュラーエコノミー実現に向けた進捗やアクションポイント把握のための「サーキュラーエコノミーモニター」が2021年に公開されました。このツールにより、どの分野・どの工程で循環がうまくいっていないか知ることができます。
Photo by Kozue Nishizaki
アムステルダム市東区のアイブルグは6つの人工島からなる循環型開発区域で、政府・企業・住民が手を取り合い取り組みが進められています。さらに、アムステルダム市が旗を振り、ホテルを循環の重要な拠点と捉えて情報共有や連携を進めるサーキュラー・ホテルズ・リーダーズグループの取り組みも興味深い事例です。対話型・全員参加型のボトムアップの意思決定プロセスは、オランダのサーキュラーエコノミー移行を大きく後押ししていると言えるでしょう。
フランス:「自分が社会を変えられる」市民が声を上げることでつくる循環型社会
富山:フランスは、サーキュラーエコノミー移行に向けたロードマップ「循環型経済実現のためのロードマップ2018」を国として公表しています。
他の欧州諸国と比較したフランスの廃棄物量の多さや、リサイクル率の低さが課題としてあることから、廃棄物に関する政策に力を入れています。たとえば、2022年1月より、世界で初めて洋服の廃棄が禁止になり、企業に対してリサイクルや寄付を義務化したことは日本でも話題になりました。
また、フランスはデモが頻繁に行われる国としても知られています。歴史的には、フランス革命が起きた国なので、自分たちが声を上げて「自由で平等な社会」を作ったという過去の経験から、「市民が社会を変えられる」という意識が強く根付いている国だと感じます。
ファッションブランドのサステナビリティをスコアで比較できるフランスのアプリ「Clear Fashion」では、自分の声を企業に伝えることができたり、市民による市民のための参加型予算からサーキュラーエコノミーに関する具体的なアイデアが実現していたりと、市民主体で社会が動いています。市民のアイデアと自治体、企業との連携によって、市民の生活を変えるアプローチがされているのがフランスの一つの特徴です。
ドイツ:柔軟な発想と、国と国民の生活を豊かにする迅速な実装
クリューガー:ドイツでは、教育研究省が発足させたイニシアチブ「Circular Economy Initiative Deutschland」がサーキュラーエコノミー移行に向けたロードマップを2021年に公表し、主要10分野における推奨事項を発表しました。これに先立つ2015年には、ドイツの産業の根幹である製造業の今後のあり方と世界における優位性を確立することを目的とし、「インダストリー4.0実現戦略」が発表され、政府が推進しています。インダストリー4.0をはじめとするデジタル分野とサーキュラーエコノミー製品で、ドイツは産業拠点としての地位・競争力・高品質の仕事などを確保できるとみられています。
ドイツのサーキュラーエコノミーの特徴は、産業の発展や国益だけではなく、サーキュラーエコノミーへの移行を通じて「人々の生活を真に豊かにする」という視点が大切にされ、働き続けやすい環境をつくる労働制度なども策定されていることです。生物多様性などを考慮した施策も進められています。
服装の自由も子どもに権利として認められており、制服がある学校はごくまれです。制服は、同じ制服への再利用が難しく、通常は焼却または埋め立てられています。サーキュラーエコノミーの「廃棄物を出さない設計」という概念のもと、今後は「制服を使用しない」といった発想を柔軟にすることも、サーキュラーエコノミー移行を促進していくのではないでしょうか。
こうした柔軟な発想と、国と国民の生活を豊かにすることを目指す法律の策定・実装の迅速さは、ドイツのサーキュラーエコノミー移行への大きな推進力となっています。
英国:政府・企業のアクションだけでなく、研究の分野からも欧州のサーキュラーエコノミー移行を後押し
伊藤:全英のサーキュラーエコノミーを推進する政策の一つが「Circular Economy Package」です。英国は2020年にEUを離脱しましたが、この政策の中には「EUを離脱しても、環境問題に関して世界をリードして取り組む野心は変わらない」という記述があります。そうした全国の政策に基づいて、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドが、それぞれの地域での環境目標を設定しています。
私が暮らしているロンドンに関していうと、ロンドン市長とロンドン特別区のパートナーシップのもと組成された団体「ReLondon」が都市のサーキュラーエコノミー移行に取り組んでいます。ReLondonは、ビジネスのコンサルティングなどにとどまらず、市民が気軽に参加できる「古着のアップサイクルのワークショップ」や「自転車の修理ワークショップ」などを各地域で展開していることが特徴です。
Photo by Megumi
また、各大学が主導する「サーキュラーエコノミーセンター」は繊維、建設、化学、金属産業における廃棄物の再利用を念頭に、技術の開発や研究を進めています。芸術大学から総合大学まで、色々な大学が舵取りをしているのが特徴です。そして英国発の研究機関・エレン・マッカーサー財団は、2010年に設立されて以来、サーキュラーエコノミーに関する定義・手引き・指標を生み出し、世界中の自治体や企業のサーキュラーエコノミー移行に寄与してきました。
欧州では、本当にサーキュラーエコノミーは進んでいるのか?
※ここでは、イベント当日&事前質問で頂いたご質問を一部抜粋し、回答させていただきます(当日回答できなかったものを含む)。
Q. なぜ欧州では、サーキュラーエコノミーが進んでいるのでしょうか?
藤原: 欧州のほうが進んでいると捉えられる理由の一つには、EUによるサーキュラーエコノミー政策の策定、関連規制の整備とそれに対応する企業の取り組みがあります。また、80年代にすでに他国に先駆けて廃棄物管理のインフラを構築した一部の国(ドイツやオーストリアなど)では、現在EUのサーキュラーエコノミーの土台となっている廃棄物管理・分別における人々の認識が非常に高く、環境に関する積極的な取り組みを目にする機会が多いことも、それに貢献しているように思われます。
ただ、これまでの廃棄物管理の概念とサーキュラーエコノミー原則のもとでのそれは異なっています。そのため必ずしも廃棄物管理の優等生=サーキュラーエコノミー牽引国とは言えないので、現実は複雑です。
外からだと欧州・EUをひとまとめに見てしまいがちですが、EUは27カ国から成り、欧州全体では英国やスイスなどEUに加盟していない国もあります。そして実際に、欧州各国のサーキュラリティを国別に比較してみると、2020年のサーキュラリティはオランダ(31%)が最も高く、ベルギー(23%)、フランス(22%)が続く一方で、最も低いルーマニアは1%、アイルランドとポルトガルはともに2%と、国によってかなり差があります(※1)。欧州のなかでサーキュラーエコノミーが「進んでいる」とされているのは今回レポートでご紹介している国をはじめ、まだ一部です。また、これらの国の中でも、サーキュラーエコノミーの概念については、産業部門によって定義や捉え方が異なっている現状もあり、各国の取り組み状況を厳密に測定して比較するのは難しいのが現状です。
この点については今回の「欧州サーキュラーエコノミー政策・事例レポート2022」でも触れていますが、ある研究者が、EUが開発したサーキュラーエコノミー測定ツールを適用して測定した結果によると、EU加盟国のなかではかなりの「温度差」があることがわかっています。(ドイツ・ベルギー・スペイン・オランダ・フランス・イタリアなどはサーキュラーエコノミー施策が比較的「高速」で進められており、残りの国々は「低速」と評価されることも。)逆にリサイクルなどの技術部門など、日本のほうが進んでいる分野もあります。
伊藤:実際に欧州で暮らしていると、サーキュラーエコノミーが完全に浸透しているとは言いがたいなと思うこともあります。例えばですが、ロンドンでは一人当たりのペットボトルの消費量は年間約175本(※2)。日本は約183本なので、若干ロンドンの方が少ないものの、大差はないとも捉えられます(※3)。英国では、牛肉やラム肉などの消費が生み出す環境負荷が問題にもなっていますが、経済性・栄養・調理の手間などを考えて、それらを進んで選ぶ人々ももちろんいます。所得の格差も大きい中、すべての人々がサーキュラーエコノミーを生活の最優先事項に位置付けるかどうかは、政策とはまた別の話になってくると思います。
Q. サーキュラーエコノミー推進のための環境教育はされているのでしょうか?
西崎: オランダでは小学校から環境教育が盛んに行われています。実際に気候変動に実情を知るだけでなく、ポジティブな変化を起こすことを促すのが特徴です。2019年には、2000人もの子どもたちがデン・ハーグに集まり、国に気候変動対策を迫るデモを行ったほどです。また、アムステルダムの小学校では、子どもたちのためのサーキュラーエコノミー教育の場かつ実験場の「Ecodam」のパイロットプロジェクトが行われ、今後市内東区に常設の拠点をつくる構想が進んでいます。
伊藤: 英国では、2025年の9月から気候とサステナビリティに関するトピックが、中学校の「自然史」の科目に組み込まれることが決定しています。そしてこの決定で特徴的なのが、ただ机の上で勉強をするだけではなく、実際に現場に赴き、観察・記録・分析をすることがセットになっていることです。またスコットランドでは、Zero Waste ScotlandというNPO団体が、学校や教師に対して「サーキュラーエコノミー」に関するインプットの機会を提供するなど、地域単位でも環境教育が進められています。
Q. 食の分野についても気になります。食品パッケージの循環も進んでいるのでしょうか?
富山: フランスでは、2022年1月1日からスーパーで野菜や果物をつつむプラスチック包装を禁止しており、スーパーに並んでいるものはほぼそのまま売られています。また、フランスでは食品パッケージのない「量り売り」が生活の中に浸透しており、フランス世帯の40%が量り売りで購入しているというようなデータもあります。パリでは近所のスーパーに行っても、こうした量り売りコーナーがほとんど必ずある状況です。
私自身も食品や調味料、洗濯洗剤の量り売りなどよく利用するのですが、ヨーロッパの個包装されているものはそもそも量が多いこともあるので、好きな量で少量からでも買える量り売りはとても便利です。包装されているものを買うよりも価格が安く済む点などは、フランス国内で普及しているポイントにもなっていると思います。
Photo by Erika Tomiyama
Q. 欧州に住んでいて、日本がどう見えるのか、日本が今後導入したほうがいいことなど、考えていることがあれば伺いたいです。
クリューガー: 日本では、分別が大変うまく機能していると感じます。これは、小学生の時から子供たち自身が学校の掃除をしたり、地域清掃をしたりするといった教育やそれにもとづく習慣によるところが大きいのではないでしょうか。私がこれまで住んだ国々では、学校の掃除は民間企業への委託が多いです。
日本で導入したほうがいいと思うことは、働き続けやすい環境をつくることです。持続可能性には「ひと」の持続可能性、「人類の活動を継続させること」も含まれます。働き続けやすい制度と生活のしやすさに重点においた政策、それに見合う賃金体系を整えれば、国民をはじめ多くの人にとって魅力的な市場となり、真に循環型の社会がつくられていくのではないでしょうか。
「欧州サーキュラーエコノミー政策・事例レポート2022」発売中!
いかがでしたでしょうか?今回お話しした内容は、ハーチ欧州レポート第一弾「欧州サーキュラーエコノミー政策・事例レポート2022」のうちのほんの一部です。
本レポートでは、「EUのサーキュラーエコノミー政策(規制)」「フランス・オランダ・ドイツ・英国の政策」「4カ国で実際にサーキュラーエコノミーを推進する団体や取り組み」に焦点を当て、サーキュラーエコノミーが欧州で注目されるようになってから現在に至るまでの欧州におけるサーキュラーエコノミーをめぐる議論・状況をより詳しく追っています。以前から欧州で進められてきた「サーキュラーエコノミー」の実験は、今後の日本の政策策定から、企業や市民の活動にいたるまで、役立つヒントや苦い反省を提供してくれるはずです。
レポートサンプル
サステナブルな新規事業を検討中で、海外のユニークな参考事例を探している方や、欧州市場参入を検討していて、現地の企業の取り組みや消費者の動向が気になる方、サーキュラーエコノミー実践者(企業やNPOなど)の現場の声を知りたい方など、ご興味のある方はぜひ下記より詳細をご覧ください。
レポート概要
- ページ数:105ページ
- 言語:日本語
- 著者:ハーチ欧州メンバー(IDEAS FOR GOOD・Circular Economy Hub編集部員)
- 価格:44,000円(税込)
- 紹介団体:36団体
- 現地コラム:8本
- レポート詳細:https://bdl.ideasforgood.jp/product/europe-ce-report-2022/
ハーチ欧州とは?
ハーチ欧州は、2021年に設立された欧州在住メンバーによる事業組織。イギリス・ロンドン、フランス・パリ、オランダ・アムステルダム、ドイツ・ハイデルベルク、オーストリア・ウィーンを主な拠点としています。
ハーチ欧州では、欧州の最先端の情報を居住者の視点から発信し、日本で暮らす皆さんとともにこれからのサステナビリティの可能性について模索することを目的としています。また同時に日本の知見を欧州へ発信し、サステナビリティの文脈で、欧州と日本をつなぐ役割を果たしていきます。
事業内容・詳細はこちら:https://harch.jp/company/harch-europe
イベントアーカイブ動画はこちら!
※1 EUのサーキュラリティは12.8%。2004年から増加傾向を維持
※2 Single-use plastic bottles
※3 日本のプラスチック現状について驚きの7点
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