「環境負荷」「scope3」「LCA」ーー。社会全体がサステナビリティを志向する中、これらの言葉をますます耳にするようになった方も多いのではないだろうか。日本では2020年に「カーボンニュートラル(二酸化炭素排出量実質ゼロ)」が掲げられ「脱炭素」へより強く向かうことになり、これらのキーワードは環境分野だけでなく、様々な業界・業種からも昨今注目を集めている。

なぜ注目を集めるようになったのか、それは次のような問いに集約することができるであろう。

―目指すべき方向性はわかった。では「何をもってサステナブルと言えるのか」。

そこで本記事では、昨今改めて注目を集める「ライフサイクルアセスメント Life Cycle Assessment」(頭文字をとって通称「LCA(エル・シー・エー)」と呼ぶ)を解説するとともに、これからの「真にサステナブルな社会」の実現に必要となる観点を紹介する。

プラスチックストローよりも紙ストローの方がサステナブルなのか?

化石燃料の使用による気候変動問題や海洋プラスチック問題により、使い捨てプラスチック製品の見直しが求められている。その「脱プラスチック」の象徴のひとつとしてストローが挙げられ、日本でも2019年頃から紙ストローへの移行が様々な業界で行われている。大手コーヒーチェーン店や、コンビニエンスストアでもそれらを目にした方は多いであろう。

では、プラスチックストローよりも紙ストローの方が本当に「サステナブルである(環境負荷が低い)」のだろうか?

食品用紙容器の開発・製造を主たる業務とするグローバル企業のテトラパックが2019年に行ったクリティカルレビュー(第三者機関による審査)も経たLCA調査事例がある。その一つの結論が図1および表1であり、3つのシナリオごとの環境負荷を示している。(算出の仕方については後述する。)この調査では、結論から言うとプラスチックから紙にすることで、「気候変動」や「非再生可能資源」にはポジティブ(環境負荷が低くなる)に働くものの、「酸性化」や「富栄養化」「水不足」にはネガティブ(環境負荷が高くなる)な結果をもたらすことが明らかになった。

【図1】3つのシナリオ別のLCA 結果(Tetra Pak 報告書より引用し筆者作成)

【表1】3つのシナリオ別の1000 個あたりのLCA 結果。オレンジ色の部分がそれぞれの項目で
最も負荷が大きいシナリオ。(Tetra Pak 報告書より引用し筆者作成)

その理由はこうだ。プラスチック素材のポリマーには、製造時のプロセスエネルギーとして、また最終製品の原料として多くの化石燃料が使用されるため、気候変動や枯渇する素材に悪影響をもたらす。一方で、紙素材の場合はその生産効率がプラスチックのそれより低く、エネルギーや処理水を多く利用するため、上記のような結果となる。

つまり、「紙ストローにすれば環境に良い」と明確に言い切ることは難しく、その選択にはトレードオフの関係がある、ということだ。そのうえで同社では、この結果を踏まえ、より影響力が大きく今重要な選択は何か?という観点から、「気候変動」や「(枯渇する)資源の保全」を重要視し、紙ストローを選んでいる、という姿勢である。

このように、LCAとは、それを用いることによって「そのアクションを取ることでどのような環境影響があるかを定量的に把握」し、生み出す製品やサービスが目指している社会に合っているかどうかを見極めることのできる、スケール(モノサシ)の一つなのである。

「ゆりかごから墓場まで」LCAの歴史と背景、4つのプロセスの特徴とは?

上記事例で示したように、LCA(Life Cycle Assessment)とは、モノづくりやサービス開発において‘ゆりかごから墓場まで’全体でみて評価することである。より丁寧にいうと、「製品やサービスを、原材料採取から、調達・製品製造・輸送・使用・廃棄とリサイクルに至るまで、すべてのライフステージを範囲として環境負荷および影響の観点から定量的に評価すること」である。少し詳細にはなるが、サーキュラーエコノミーとの関連性を深く理解するために、次の2点について述べたい。

1)歴史と背景

LCAの歴史的背景であるが、最初の事例は1969年、米国コカ・コーラ社がリターナブル瓶とペットボトルを比較した例であるとされている。当時はLCAとは呼ばず「エコバランス」と呼ばれていた。日本では1995年に民間企業ネットワークからなる「LCA日本フォーラム」が設立され、その後1998年に通産省(現在の経産省)がLCAの国家プロジェクトを開始し、スタンダードが出来上がっていった。2006年には2つの国際標準基準ISO14040およびISO14044が定められ、グロバールスタンダードが確立している。

ちなみに、レイチェルカーソンが1962年に『沈黙の春』を出版し、いわゆる「公害問題」が世界的に認知されるようになった。その後、1972年にシステム・ダイナミックスの手法を用いて地球の危機が描かれた『成長の限界』が発表され、ここでは前段の「公害問題(局所的な問題)」から「地球と人類の関係性(大局的な問題)」にフォーカスが移っている点が重要である。LCAもまさにこの移行期に産声を上げており、「どのようにして人類活動をこの地球に負荷なくできるのか」という問いそのものがすでに50年以上経っていることも、重要な点としてここに書き添えておきたい。

2)LCAの4つのプロセスとその特徴

国際標準基準ISOに準じ、プロセスは大きく4段階:「①目的及び調査範囲の設定」「②インベントリ分析(Life Cycle Inventory:LCI)」「③影響評価(LCIA:Life Cycle Impact Assessment)」「④解釈」からなる。それぞれ細かい留意点はあるが、以下に重要な特徴を記す。

①目的及び調査範囲の設定

とても重要なプロセスである。例えば、EV車とガソリン車について比較評価する際に、1台あたりの環境負荷にするのか、1kmあたりの走行効率の環境負荷にするのかで結果が異なる。どの観点で何を評価するのか、というのがLCAでは「機能単位」という言葉に集約されるが、これを適切に設定するのが肝要である。

②インベントリ分析(Life Cycle Inventory:LCI)

インベントリという言葉の通り、一定数のアクティビティに対して、原材料やエネルギー(入力)及び生み出される製品や排出物(出力)のデータを収集し、要するに「環境負荷になる情報明細一覧」を作成することである。具体的な方法として、産業連関表を用いる方式と、プロセスフローを作成して計算する積み上げ方式の主に2種類がある。(研究ではそれらをハイブリットに用いたものもある)。前者では、業種など平均値や全体像を大局的に捉えることができるが、企業間などの差異を表現するのが難しい。後者では、製品や企業単位での製造工程等に基づいて細かく捉えることができるが、プロセスフローを正確に作成することやデータ収集が難しいなど、それぞれ特徴がある。

③影響評価(LCIA:Life Cycle Impact Assessment)

前段階のLCIではいわゆる化学物質をはじめとする数値の一覧であるため、そのままではそれがどの程度人類や社会に影響を与えるのかはわかりにくい。そこで、前プロセスでわかったインベントリの結果を、分類化・統合化・正規化等を行うことによって、少数の理解しやすい情報として表現するプロセスが影響評価である(図2参照)。手法論は主に欧州、北米、日本でそれぞれ開発・展開されており、LIME(Life cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling)手法が代表的である。

④解釈

これまでのLCIとLCIAの結果を目的と照らし合わせ、「この調査で何が言えるのか」をあぶりだす作業である。主にデータに抜け漏れがないか・網羅されているかなどの「完全性のチェック」、そして用いたデータの範囲や手法が適切かの「整合性のチェック」、そして用いられたデータに結果はどの程度依存しているか、データの数値が変わってもそれが重要な事項であるといえるかどうかの「感度分析」の3つの観点で行い、必要に応じてこれまでのプロセスにフィードバックをかけ、最終的な結果を導く。

なお、上記4段階のプロセスで示した通り、目的とその範囲や手法によって、結果に変化が生じやすい。そこで、調査結果を外部公表する際に、その信頼性を担保するために独立した第三者機関がチェックを行うことを「クリティカルレビュー」という。前述したテトラパックの調査もこのプロセスを経たものである。

【図2】Concept map of LIME2(引用:Yasuhiko Takuma et al., The International Journal of Life Cycle Assessment,2017)

以上のように、LCAでは一定のルールのもと、環境負荷を定量的に評価するものである。

サーキュラーエコノミーにとってLCAがなぜ重要なのか?

サーキュラーエコノミーとは、これまでの線形型経済から循環型経済にすることであり、これまでの社会のリ・デザインを行い、前述した1972年に発表された『成長の限界』に対して応えようとするものであるといえるだろう。

では、そのサーキュラーエコノミーへ移行し、新しく社会をリ・デザインするときに、どのような指標や判断軸で進めれば良いのだろうか。その方向性は本当にサステナナブルになっているだろうか。冒頭の問いは次のように言い換えられる。

―サーキュラーエコノミーという方向性の「地図」は手に入れた。しかし、ここがどこで、そしてどこに向かえばいいのかわかる「コンパス」がない。

LCAとは、つまり「その進む道が本当に望んでいる方向と合っているか」ということを確かめる「コンパス」になるのである。具体的な次の3つの視点「素材」「ルート」「機会」を用いて説明する。

キーワード①「素材」

循環型経済に取り入れようとしているその素材は「自然素材」だからサーキュラーエコノミーにはこちらが必要だ、と断定的に判断していないだろうか。製品が作られるまでには、原料調達から、製造、輸送、利用、処理、とすべてのプロセスがあり、それぞれのシーンで一定数の負荷が発生している。しかし、私たちはつい見えている部分だけで評価してしまいがちである。つまり、「商品やサービスとして手にしたときにそれが自然的であれば環境にやさしい」と思い込んでしまいがちなのであるが、冒頭に紹介したストローの事例のようにそうとは限らない、ということだ。

キーワード②「ルート」

例えば「リサイクルすれば循環するからよい」とシンプルに捉えすぎていないだろうか。リサイクルするプロセスにおいて、まず回収・収集し、そして処理する際にも加工に必要な一定程度のエネルギーと薬品等を必要とする。そしてそこからようやく次なる製品への加工が行われる。このように「リサイクルするにも手間(エネルギーや薬品等)が必要」であるから、その製品があまりにも汚れていたりその素材生成が複雑だったりする場合、環境負荷がかえって増えることがある。これは、前述したLCIの明細表に数値が増えていく、ということだ。このため、「一気に集めてしまって燃やしてしまった方が実は環境負荷が低い」ということも、場合(地域や素材)によってはあり得る。素材同様ゼロイチで考えるのではなく、定量化をした上でより負荷の低いそれぞれの「ルート」を選択していくことが肝要である。

キーワード③「機会」

図3:LCA からえる重要な3つの視点

これは難しく、そして最も重要な点である。「素材」もトータルで負荷が低く「ルート」も最適なものを採用することができたとしよう。しかし、それは本当にその設計でいいのだろうか?今のシステムを踏襲するなかでは最も負荷が低いといえるが、そもそも「問い」があっているのか?前述のストローの例でいうと、「どちらがよいか?」ではなく「ワンウェイ(使い捨て)素材とその使いすぎをなくす社会のデザインとは何か?」というのが、さらに求められる「問い」ではないだろうか。

いつでもどこでも同じものを好きな時にという『機会を買える社会』だから環境問題がおきるのだ。ファーストフードやコンビニエンスストアやファストファッションに限らず、多くの産業がこの点に凝縮できるだろう。しかし、それがこれまでの線形型経済の特徴であり発展してきたポイントともいえる。そしてそれを作ったのは私たちユーザー、市民の選択の連続そのものであることを忘れてはならない。サステナビリティを志向するのであれば、この「機会」というものを問い直す必要がある。

 真にサステイナブルな社会を目指すためのコンパスを手にしよう

サステナブルは目に見えない。だからこそ、LCAをはじめとするツールを用いて「定量化」し、そしてそれを「コンパス」にして目指すべき方向へ歩みを進めていくことが重要である。そして「コスト(貨幣価値)」と同じように「環境価値」もきちんと表記される世界になってこそ、真にサステナブルな社会、と言えるだろう。

【参考文献】

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