エレン・マッカーサー財団による本レポートでは、企業や投資家・政策担当者たちがこのような未来に向けた道を切り開けることを示している。ここでは、サーキュラーエコノミー関連の投資として魅力的な5つの領域と10のテーマについて詳しく紹介されている。今回は、食料編である。
新型コロナウイルスのパンデミックは、食の仕組みの脆弱性を露呈し、食料安全保障の基盤を揺るがす一方で、食に対して人々の意識を喚起するものとなった。健康を守るための栄養価の高い食、そして自然を破壊するのではなく再生する食の仕組みの必要性を世界が再認識した形だ。人と自然が繁栄する、低炭素な、レジリエンスを持った健全な食料の仕組みを実現するために、次の分野での投資が鍵を握る。
まず、環境再生型(リジェネラティブな)食料生産にシフトするためのツールへの投資は、食料の仕組みによる環境負荷を緩和し、環境面・栄養面において消費者の意識を高める。
そして、食品廃棄物の回収・再分配・高付加価値化のためのインフラ整備と組み合わせることで、価値を保った資源が社会を循環、環境負荷を削減し、食料安全保障を向上させることが可能となる。
本編は10の投資機会のうち、9,10を取り扱う。投資機会1-8は下記参照
9. 環境再生型食料生産にシフトするためのツールへの投資
新型コロナウイルスのパンデミックは、食料安定供給への不安を高めると同時に、現在の食料の仕組みがいかに不健全な基盤の上に成り立っているのかを露呈した。食セクターが復興を遂げるためには、仕組み上のレジリエンスを高め、環境負荷を削減することが急務だ。
再生型農業へのシフトを加速・拡大するための投資が、より健全で高いレジリエンスを持った食料の仕組みを実現する。これにより、自然の仕組みにも、人類にも、大きな恩恵がもたらされることになる。
再生型農業を加速させるための投資は、変化する消費者のニーズに応えながらもコスト削減・収益性向上に寄与することを可能にする
世界経済フォーラムは、食・陸・海の利用方法を変えることで、2030年までに1億9100万人分の雇用と3.56兆ドル(約373兆円)の経済機会が創出されると指摘している。
リジェネラティブな食の仕組みによって、土壌は有機物で満ち、様々な作物や動物の間で豊かな相互関係が生まれるため、殺虫剤や化学肥料への依存から脱却し、結果収穫を得るためのコストを減らすことができる。育てる動植物の種類を多様化することは、農家の収入源も多様化することにつながる。さらには気候変動などの外的要因に対して、作物と生産者の生活のレジリエンスを向上させる。それだけでなく、環境再生型農業は、従来型の食の生産システムよりも収益性が高い傾向にあることもわかっている。
さらに、新型コロナウイルスの世界的大流行以来、ヨーロッパでは生活者の72%が将来は今よりももっと健康な食生活を送ると答えているなど、安全で健康な食品への需要は拡大し続けており、食の生産者にとって、再生型農業へと切り替えるメリットは飛躍的に拡大している。
再生型の食料生産の仕組みは、生態系に好影響を与え、よって環境に対して多大なるメリットをもたらす
リニア型の食物栽培方法では、収穫量を増やすためには化学肥料と殺虫剤を使う必要があったが、これにより土壌は痩せ、貴重な鉱物資源の枯渇化を招き、長期的に続けられる生産方法ではなかった。2015年に発表された調査結果によると、世界の土壌のうち実に3分の1が、中度から重度に劣化しており、将来的な食料安全保障を脅かしていることがわかった。
動植物の飼育栽培によって環境が悪化ではなく改善する、そして健全で生物学的に活発な生態系をもたらす再生型の食料生産の仕組みが必要とされている。
飼育栽培する動植物の多様化と単作からの脱却を推奨することで、再生型農業は土壌を健全にし、農家の生活のレジリエンスを向上させ、さらなる生物多様性を生み出すことを可能にする。
国連がSDGsのなかで定めるなど、生物多様性の喪失は解決しなければならない世界的課題のひとつとして認識されており、生物多様性を豊かにする再生型農業はこの解決策となる。
さらに、再生型農業では化学肥料や殺虫剤の使用を減らすことが可能になるため、当然環境に漏れ出す有害物質は少なく済み、回収コストを削減することにもつながる。
再生型農業に移行することで、農業セクターが排出する年間二酸化炭素量を17%削減することにつながる。現在食の生産と農業は、二酸化炭素の総排出量のうち5分の1を占め、この分野での大幅削減は世界的に大きな影響力を持つ。
さらに、再生型農業は、二酸化炭素排出量削減だけでなく、農家が地中に炭素を送り込み留める炭素隔離も可能にさせる。人類が10年間で排出する二酸化炭素のうち10%は、25年間かけて炭素隔離によって地中に戻すことができるという試算が出ている。
また、農業による環境への負荷軽減・メリット最大化を考えるとき、たんぱく質源の多様化を促すことも必要不可欠である。
農家が再生型の食料生産を行うためのツールに投資することは必要不可欠
バイオ肥料の使用や垂直耕起など、土壌保全のためのツールを広く利用可能にすることは、農家が再生型農業に移行する手助けとなる。
土壌の質、農作物や家畜の健康状態などをモニターするためのデジタルテクノロジーも重要だ。ビッグデータやIoTソリューションと、データ収集・保存・解析・意思決定モデリングを組み合わせたスマート農業は、再生型の生産の仕組みへと最適化することを可能にする。
再生型の手法とテクノロジーによって成功に導くために、農家に対する研修・教育のための投資が求められる
農家への研修を広く行き届くものにし、成功に導くためには、オンラインと対面の農法教育の両方への投資が必要だ。研修が農家から受け入れられ、実際に効果をもたらすものにするためには、その土地の特色に合わせ最適化された研修が求められる。
農家の再生型農業への移行を迅速で広域なものにするためには、農家が教育リソースにアクセスできるよう、さらなる投資が必要となる。
再生型農業により栽培された食物からなる食品市場の確立に必要なツールへの投資も求められる
再生型の食生産を生産者に広め、リジェネラティブな食品の利点を消費者に対して広く伝えて需要を拡大するためには、デジタルテクノロジーが有用だ。
ブロックチェーンやその他のテクノロジーは、トレーサビリティを高めるため、消費者は製品の生産地を知り、用いられた農法を理解し、含まれる栄養素や環境負荷を知ることができる。これにより、再生型の方法で生産された食品に対する需要を拡大することができる。さらに、ECプラットフォームは農家が消費者や市場に直接働きかけることを可能にする。
再生型農業の仕組みを支援するための政策環境を整える
現在の政策の多くは再生型農業に直接的に働きかけるものではないが、生産の仕組みを変えていく上で効果的なものもある。
オーストラリア政府は二酸化炭素の排出削減ファンド(ERF)を設立・運用しており、農家は、低炭素排出の方法で生産することでクレジットを受け取ったり売ったりすることができる。EUが2020年に発表した「Farm to Fork(農場から食卓まで)」戦略は、化学肥料の使用を2030年までに20%削減、化学殺虫剤の使用を2050年までに50%削減することなどを定めている。今後国家が主体となった法体系や、EUの共通農業政策(CAP)を通じて取り組みが進められるとみられる。
「還す」食の生産のためには、より多くのステークホルダーを巻き込む必要があり、再生型の食の生産方法を支えるための政策を整えるため2019年に設立されたOne Planet Business for Biodiversityに続く動きが活発化するとみられる。
10. 食品廃棄物の回収・再分配・高付加価値化のためのインフラへの投資
世界的に食品廃棄は増加の一途をたどっており、国連もSDGsのひとつとして2030年までに食品廃棄を半分に削減することを掲げている。現在のリニアモデルでは余った食品はそのまま廃棄されているが、循環する食料の仕組みに移行できれば、食品廃棄物のうちまだ食べられるものは再分配され、食べられないものは製品ごとに回収され、価値のある製品に生まれ変わる。回収・再分配、高付加価値化のためのインフラへの投資が必要である。
食品廃棄物の回収・再分配・高付加価値化のためのインフラへの投資は、高い経済価値を保ち、新たな収益源を創出することにつながる
世界では年間16億トンもの食品が廃棄されており、これは1兆ドル(約105兆円)分もの経済損失を引き起こしている。廃棄される有機物は、まだ食べられる食品ロスと食べられない食品副産物からなるが、これらは回収・再分配・高付加価値化によって、捨てるのにもコストのかかる不用品から魅力的な経済機会へと姿を変える。
実際に、食品廃棄物を削減することによって生まれる経済機会は、2030年までに1550〜4050億ドル規模になると予測されている。
食べられる食品ロスは、例えばフードバンクなどを通して食料安全保障を向上させ、飢餓に打ち勝つために再分配することができるし、加工して新たな食品として収益源にすることもできる。後者は、食品製造業者にコスト削減と新たな投資の呼び水の両方に寄与する。
食べられない食品副産物は、農作物の肥料や新たな資源、バイオエネルギーとして高付加価値の製品につくりかえることができる。革新的なソリューションは、農家や食品会社に新たな市場へのアクセスとさらなる収益源を生み出すはずだ。
例えば、世界のコンポスト市場は2019年から2024年までの間に年間8.6%の成長が見込まれており、この分野への投資は投資家や食の製造者にとって魅力的な経済的機会となるだろう。
インフラは、食料システムにおいて様々な環境メリットを生み出すために重要な役割を担う
世界で生産される食品の3分の1が廃棄されているが、廃棄される資源はそのほとんどが価値あるものとして扱われておらず、ヨーロッパではそのうちたったの16%、世界の都市で見ると2%未満しか活用されていない。結果、食品を栽培・収穫・輸送・包装するために費やされたエネルギーと資源はほとんど失われ、さらには焼却や埋立処分されることで温室効果ガスを発生させている。
代わりにサーキュラーな手法が導入されたなら、食品廃棄を防ぎ、まだ食べられる食品ロスは再分配され、副産物は高付加価値化されて社会を循環し、有機廃棄物はコンポストされて栄養に戻る。これにより、年間17億トンの二酸化炭素が削減される。さらに、現在のリニア型の食の生産方法によって発生している7000億ドル(約73兆円)分もの環境コストを削減することができる。
これらの環境メリットを享受するためには、低所得国において食材を食べられる状態で貯蔵・加工・分配するための低温流通体系(コールドチェーン)などへのインフラ投資が求められる
低所得国では、食材を貯蔵・加工するためのインフラが限られているため、食品ロスの大半が収穫直後に起きる。パンデミックによる大規模なロックダウンと食の流通・物流の停滞によってこれらの課題が露呈した。アフリカを例に取れば、国境が閉鎖され輸送ができなくなった結果、多くの食材が腐ってしまい大量の廃棄を余儀なくされた。
低温流通体系(コールドチェーン)や食品加工のためのインフラを拡充し、保存可能期間を延長することができれば食品廃棄の現状の多くが改善するはずだ。例えば、フリーズドライ加工の技術を用いることで、98%の栄養素を保ちつつも消費者に届くまで食べられる状態を維持することができる。現状の投資では足りておらず、さらなる投資が求められる。
高所得国では、食品ロスを再分配するためのインフラが必要
低所得国に対し、高所得国における食品廃棄の多くは消費者の手に渡った後に起こる。国際連合食糧農業機関(FAO)が2011年に発表した調査結果によると、北米とヨーロッパでは消費者一人あたり年間約95kg〜111kgの食品廃棄が発生しており、対してサハラ砂漠以南のアフリカや南・東南アジアの消費者の食品廃棄量は6kg〜11kgだった。
廃棄されている食品の多くはまだ食べられるが、紛らわしいラベル付けや見た目などの問題から、過剰に捨てられてしまっている現状がある。これらの課題を解決するためには、小売・レストラン・消費者が食品ロスを再分配できる仕組みへの投資が求められる。
食品ロスと食品副産物を回収・高付加価値化するための処理インフラも整備が求められる
各家庭からの回収の仕組みは、都市有機廃棄物を高付加価値化し、経済機会を生み出す。
初期投資が必要となるものの、これらの仕組みを確立することでより精度の高い、高品質の資源としてまとまった量を循環させ、バリューチェーンにおけるコストを下げることを可能にする。循環が実現すれば、有機肥料は価値ある栄養素を土壌に戻し、新たな食品生産を可能にする。
しかしこのためには、処理のためのインフラとリバースロジスティクスへの投資が必要となる。バイオガスやバイオ肥料を生成するためのバイオ精製所や、コンポストのための処理場などの大規模施設、その他の革新性に富む加工のための施設の開発が必要だ。また、大規模施設に加え、その場で廃棄物を資源に変えられる、地域に根ざした小規模なシステムも必要となる。
デジタルインフラ、特にフード・フロー・マッピングのためのテクノロジーは、繁栄する食のネットワークへと移行するために重要な役割を担う
現在消費者は、その食品がどこから来て、どのような生産者がどのように生産したのかといった情報にほとんどアクセスすることができない。
こういった情報を一元管理するためのフード・フロー・マッピングについては、ごく初期の取り組みは行われている。国際連合食糧農業機関(FAO)は2015年から二度にわたり、City Region Food Systemのパイロット版を世界7都市で行った。アメリカでも同様に、初めてとなる国のフードサプライチェーンのマッピングが2019年につくられたばかりだ。これによって、バリューチェーン上のプレイヤーたちの950万の関連性が可視化された。
ただ、フードサプライチェーンの性質上、国家レベルではなく世界規模のフード・フロー・マッピングを実現する必要があり、そのためにはさらなる投資が求められる。
これらのデータにアクセスすることで、資源をより効率的に利用し、仕組みとしてのレジリエンスを向上し、食品が辿るすべてのバリューチェーン上の道のりを透明化し、消費者が十分な情報を得た上で購入の意思決定することを可能にする。これは近年消費者側からも求める声が上がっている。
これが実現すれば、再生型の食の製造者は製造方法を認識してもらうことが容易になるため消費者に選ばれることにつながり、サプライチェーン上の他のプレイヤーにとっても再生型の手法を選ぶ者同士がつながり、さらなる好循環を生み出すことにつながる。
どこで食品廃棄物の流れ(ウェイスト・ストリーム)が発生しているか容易に特定し、回避できるようになることも大きなメリットだ。
トレーサビリティを向上するためにデジタルテクノロジーは必要不可欠だ。ブロックチェーンのテクノロジーによってリアルタイムで食品を追跡できれば、たとえパンデミックにおいても消費者は安心して食品を購入することができる。IoTを食品の状態を感知する仕組みと合わせて用いれば、例えば輸送中であっても自動的に食品の状態を把握したり、売れ残っている食品を再分配に回すべきか、その他の方法で付加価値をもたらすべきか常に適切な判断を下すことができる。
食の循環と高付加価値化のための投資を支え、後押しする政策環境が整い始めている
世界じゅうの政策策定者たちの間で、食品廃棄が経済と環境に与える負の影響について広く理解が進んでおり、同時に改善のためにすべきことも多くが明らかになっている。
この結果、世界では様々な取り組みや政策が進められている。
日本では2001年に「食品リサイクル法」を導入し、食品関連事業者のリサイクル率向上につながった。オーストラリア政府は2017年、2030年までに国内で発生する食品廃棄物を半減させることを目標とした「食品廃棄物国家戦略」を発表。一方、EUが2020年に発表した「Farm to Fork」戦略では、2030年までに1人当たりの食品廃棄物を半減させるという目標をすべての加盟国が達成するために、加盟国でも食品廃棄物削減に関する目標を設定するとしている。
また、投資が拡大することで、食品廃棄物の再利用のための革新的な取り組みが進み、人々の関心も高まっていることから、この問題に関する取り組みも広く一般的になり、人々の日常生活にごく当たり前に溶け込むだろう。
【参照レポート】The circular economy: a transformative Covid-19 recovery strategy