今、世界では化石燃料に関わる広告が締め出されつつある。理由は、これら広告が企業の気候変動対策を遅らせる原因となっており、化石燃料産業のグリーン・ウォッシングを助長する恐れがあるためだ。今後は、世界的に化石燃料関連広告禁止の流れが加速するとみられ、まるでタバコ広告が消えていった時と同じ道を辿ると予想される。

※この記事は8月31日に世界視点で課題を掘り下げるウェブメディア「Deeper」に掲載された筆者執筆の記事を運営会社ミテモ株式会社の許諾を得て転載したものです。

脱炭素社会実現のためには広告も脱炭素が必要

「石油や天然ガスも地球温暖化対策になり得る」こんな文言がFacebook広告に踊る。これは完全な誤りであり、印象操作である。
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「成長する世界にエネルギーを提供しつつも気候変動を緩和する」と主張する化石燃料関連企業の広告/Image via ExxonMobile Facebookページ

 

パリ協定で定められた目標を達成するためには、温室効果ガス排出を2030年までに45%削減しなければならない。そのためには、化石燃料の採掘と仕様を大幅に減らす必要がある。化石燃料によるエネルギーから再生可能エネルギーへと移行するためには、エネルギーと輸送のインフラを再構築し、現在までに確立されてしまった政治的プロセスとビジネスモデルを切り替え、深く根付いた消費行動を変えるなど、社会のあらゆる分野で同時に変革を起こす必要がある。

化石燃料産業による広告は、この目標達成を阻む大きな障壁となっている。化石燃料の需要を喚起するための広告は、再生可能エネルギーではなく化石燃料に投資を続け、産業・消費者にこれらを使い続けることを促す。その間エネルギーの移行は滞り、本来ビジネスモデルや産業構造そのものを変革するために使われるべき巨額の資金が、現状のビジネスを正当化するための広告に費やされている。

Photo by Chris LeBoutillier on Unsplash

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広告から締め出される化石燃料関連企業

オランダ・アムステルダム市は今年5月3日、世界の都市としては初めて市内の地下鉄駅における化石燃料を主軸とする製品・サービスの広告を禁止すると発表した。
化石燃料を主軸とする製品・サービスとは、石油・天然ガスを取り扱う企業に加え、安価な航空券やガソリンを燃料とする自動車ブランドなども含まれる。同市はこれを第一歩とし、今後は地下鉄以外の公共交通機関に広げ、国としてこれら広告を禁止していく考えだ。
また、今年4月にフランスの新たな気候変動法令は石油、石炭、天然ガス関連企業の広告を全面的に禁止することを発表している。

さらに同時期に、米国ニューヨーク市がエクソン社、シェルBP社、米国石油協会を相手取り、市内での虚偽広告や欺瞞的な取引行為の禁止を求める消費者保護訴訟を起こした。市はこれら3社が自社製品について「クリーン」で「二酸化炭素排出量を削減」していると広告しているが、実際には環境に対して及ぼしている有害な影響を隠し表面だけを取り繕うグリーンウォッシュであり、ニューヨーク市民を欺く行為であると主張している。

化石燃料企業の巨額広告費と問われるメディアの責任

昨年アメリカの研究機関から発表された調査報告書によると、石油大手のBP、シェブロンtexaco、ConocoPhillips, Exxon Mobilとシェルは、1986年以降日本円にして約3900億円もの金額を広告につぎ込んできた。さらに、ロンドンのシンクタンク「InfluenceMap」が今年発表した報告書によると、Facebookの広告主トップは石油最大手のExxonMobilで他を抑えて圧倒的な金額をFacebook広告に投じていることがわかる。続く2位も石油・天然ガス関連の業界団体のアメリカ石油協会で、この2団体が掲載する広告が大半を占めている。
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Facebook広告主上位2社のExxonMobilとアメリカ石油協会が圧倒的な金額を支払っていることがわかる/Image via InfluenceMap
さらに、これら化石燃料関連企業は、特に米国のバイデン政権が気候変動に関する法案を掲げたのと全く同じタイミングで、これら企業のソーシャルメディア上での広告を大幅に増やしている。 昨年の1年間に化石燃料関連企業が展開したFacebook広告の総額は10億円にも上り、うち半分はExxon Mobilによるものだ。これらの広告によって叩き出されたインプレッション数は4億3000万以上。つまり4億3000万回以上も化石燃料を正当化するメッセージが見せられたのだ。同報告書は、地球温暖化対策に関して企業責任を問う流れが表面化したのに対し、自社責任を回避して「きちんと取り組んでいる企業である」と周知し、気候変動に対応するための政策を遅らせるためであると厳しく非難している。
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米国大統領バイデン氏が選挙期間中に気候変動「2050年までに再エネ100%化による温室効果ガス排出ネットゼロを実現する」という公約を表明するなり、化石燃料関連企業によるFacebook広告費は跳ね上がった(「2020年アメリカ大統領選開始日」から広告費が急減したが、これはFacebookが政治広告を禁止したため)/Image via InfluenceMap
このInfluenceMap社の報告書が公表されると、ニューヨーク・タイムズCNNガーディアンチャンネル4ニュースなどの大手国際メディアが大々的に報道。Facebookが石油産業の広告を多数掲載することでグリーンウォッシングを展開していると強く非難。

責任を問われているのは石油関連企業だけに留まらず、スポンサーとして受け入れ、広告を展開するメディアやプラットフォーム側にも及んでいるのだ。

メディアや広告側の自主規制も進む。英大手メディア「ガーディアン」は昨年1月、紙面・ウェブサイト・アプリ上での化石燃料に関わる広告掲載を禁止することを発表した。企業の炭素排出量を減らし、気候変動についての報道を増やす目的で、化石燃料の主軸とする世界的な大企業も含む全ての企業が対象となる。このような徹底した化石燃料に関する広告の禁止は、主要なメディアとして世界初の試みだ。ガーディアンはこの決定について、一部の広告主を失うことで「短期的には経済的に厳しくなるかもしれないけれども、広告の未来は消費者との信頼関係を築き、価値や目的に対してコミットメントを示すこと、そして実際に行動すること」としている。

広告代理店らによる新たなムーブメント「Clean Creatives(クリーン・クリエイティブズ)」は石油関連企業のプロモーションに関わる案件を断るよう産業全体に促す。このクリーン・クリエイティブズによると、化石燃料会社を、気候変動の最も重要な原因ではなくて解決策の一部として位置づけ、気候変動対策を妨害しているため広告代理店の責任は重い。

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多くの代理店は化石燃料大手を顧客として利益は受け取りつつも、自社ウェブサイトとして顧客企業として紹介しない/image via Clean Creatives

例えば、アメリカ本社の広告最大手Porter Noveli社が請け負ったアメリカ公共ガス協会(APGA)の広告案件では、「Natural Gas Genius(頭いいね、自然ガス)」というキャンペーンを展開。さらには若いインフルエンサーたちを起用した#cookwithgas(ガスで料理しよう)を打ち出し、素晴らしく素敵な料理とライフスタイルをインスタグラム上で展開した。

 

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インフルエンサーによる、天然ガスを使うよう促すプロモーション/Image via Instagram

これは、アメリカの天然ガスの利用をなくし、再生可能エネルギーからなるIHキッチンに切り替えるよう促す国策を牽制し気候変動対策を妨害するものであり、Porter Novelliはこれに加担していると、Clean Creativesは責任を追求していた。(Porter Novelliは自社サイトに取引先として化石燃料関連企業を掲載しないなど、非難の矛先が自分たちに向かないよう配慮している点も周到だと指摘されている)

このような追及の結果、Porter Novelliは2020年末にアメリカ公共ガス協会(APGA)との関係を断ち切ると発表した。

Clean Creativesは報告書の中で大手広告代理店と化石燃料企業の蜜月関係を暴露。広告代理店なしには化石燃料関連企業は広告やキャンペーンを展開できないため、この蜜月関係を断ち切ることこそが気候変動対策としてできる大きな一步だと主張する。ニューヨーク・タイムズはClean Creativesの報告書について記事を掲載し、これに対して世界広告最大手のOmnicom、Interpublic、電通などにコメントを求めたが、現在までに回答を得られていない。

 

現在までに日本国内では化石燃料関連企業の広告に関する規制はないものの、特に海外展開する日本企業らから今後対応を迫られていくだろう。化石燃料の使用を前提としたインフラそのものを変えていくために、広告業界としては明確な規制を導入し、喫緊に迫る気候危機に対処することが強く求められる。