2050年に世界人口が98億人に達し、現在の人類全体の生活を支えるためには、地球が1.5個必要だと言われている。これまでの大量生産・大量消費・大量廃棄を前提としたリニアエコノミー(直線経済)が持続可能な仕組みではないことが明らかになるなか、素材や製品を経済システムに投入する最初の段階から廃棄や汚染が出ない設計を行い、それらをできる限り高い価値を維持したまま循環させ続けることにより自然の再生を目指す「サーキュラーエコノミー(循環経済)」への移行が求められている。

リニア型ビジネスモデルから循環型のビジネスモデルへ移行するにあたっては、抜本的なシステムの改革や生活者の意識・行動変容が不可欠であり、従来とは全く異なる角度から製品やサービス、ビジネスのあり方を捉え直すクリエイティブな視点とアイデアが必要だ。

そのアイデア創出のためのツールとして、オランダ・マートリヒト大学で循環型ビジネスモデルのイノベーションに関する研究に従事するJan Konietzko(ヤン・コニエツコ)教授が開発したのが、「Circularity DECK(以下、サーキュラリティデッキ)」である。

ヤン・コニエツコ教授は、欧州研究会議から資金提供を受けて2020年に始まった循環型ビジネスモデルの社会実装を目指すプロジェクト『Circular X』に参画する研究者の一人だ。同氏は博士研究の中で「サーキュラービジネスをより直感的で取り組みやすくしたい」との思いからCircularity DECKを開発し、現在は複数の言語に翻訳され、5,000名以上の専門家によって同ツールが活用されている。

今回は、このサーキュラリティデッキの日本版を展開している株式会社メンバーズとともにIDEAS FOR GOODが企画する「気候危機にクリエイティブに立ち向かう『Climate Creative』」の中で実施した「サーキュラリティデッキ体験会」の模様をレポートしたい。サーキュラーエコノミーの事業開発に関わる人・社内向けの教育ツールとして興味を持つ人20名ほどが参加した。

イベントの流れ

  • インスピレーショントーク
  • グループワーク①身近なモノのCircularity(循環性)を見てみよう
  • グループワーク②Circularityをもっと高めるアイデアは?
  • グループワーク③サーキュラーデザインのコンフリクトとシナジーを考える
  • 共有
  • グループワーク④プロジェクトリーダーとして製品化・サービス化するとしたら?
  • ネットワーキング

サーキュラーデザインのジレンマとシナジー

サーキュラーエコノミーを実現するうえで核となるのが「サーキュラーデザイン」だ。サーキュラーデザインとは、廃棄物・汚染が出ない設計を行い、原材料と製品を高い価値を保ったまま循環させ続けることで自然を再生できるようなプロダクト・サービス・ビジネスモデル・システムを設計することである。

サービスやインフラの環境負荷の80%はデザイン(設計)の段階で決まるとも言われており、最初にどのようなデザインができるかが循環経済の実現において大きな鍵を握っている。

サーキュラーデザインには、再利用のためのデザイン、解体のためのデザイン、改修のためのデザイン、リサイクル可能性を高めるデザイン、耐久性向上のためのデザインなど、素材・製品・サービス・システムレベルを対象とする様々なデザイン戦略が存在している。

しかしながら、異なるサーキュラーデザイン戦略の間で「コンフリクト」が発生するケースも少なくない。例えば、製品の耐久性を高めるための複合素材の接合がリサイクル可能性を下げるケースなどがその代表例だ。また、循環型サービスの提供に伴うリバースロジスティクスが輸送時におけるCO2排出を増やすといったジレンマもある。このようなコンフリクトに直面した際、サーキュラーデザイナーは何を優先するべきなのか。あるいは、そのどちらも解決する第三の答えや、相乗効果を生み出すようなシナジーが存在するのか。

こうしたサーキュラーデザイン戦略の本質を理解し、資源調達から製造、利用、回収、再資源化までのバリューチェーン全体における一貫した循環型ビジネスモデルとシステムの創出を考える上で役立つのが、「サーキュラリティデッキ」だ。

サーキュラリティデッキとは?

サーキュラリティデッキとは、サーキュラーエコノミーの原則・戦略をもとに、新しいアイデアや取り組むべきアクションを特定するフレームワークをカードデッキにしたものである。デッキは5つの資源戦略と3つの階層をかけ合わせた、51枚のカードで構成されている。それぞれのカードには、資源戦略と階層のかけ合わせたアイデアや視点、その事例が書かれており、サーキュラーデザインの発想をサポートする作りになっている。

5つの資源戦略と3つの階層
5つの資源戦略と3つの階層
アイデアや視点が書かれたカード
アイデアや視点が書かれたカード

51の視点で考える「歯ブラシのサーキュラーデザイン」

今回のワークショップでは「歯ブラシ」をテーマに、参加者はグループに分かれて「よりサーキュラーな歯ブラシのあり方」を考えた。

まず参加者はプラスチックの歯ブラシ、電動歯ブラシ、竹の歯ブラシといった、現状目にする歯ブラシの中から1種類、今回テーマとする歯ブラシを選ぶ。そして、51種類すべてのカードと照らし合わせ、現状の歯ブラシにどのサーキュラーデザイン戦略が採用されているかを「Yes/No」でカードを振り分けながら現状把握していく。これまで考えたことがないような視点も書かれたカードを前に、参加者は早くも「プラスチック歯ブラシはリサイクル材からできているかもしれない」「電動歯ブラシもパーツ分けすれば再利用できるのでは?」など、視野を広げながら意見を交わしていた。中には「Yes/No」で答えることは難しく、「中間」を作るグループもあった。

カードを見ながらサーキュラー戦略を考える

その後、サーキュラーな歯ブラシの新しいモデルを考えるフェーズに移る。各グループは5つの資源戦略がそれぞれ1つずつ入るようにカードを選ぶ。「制約はクリエイティビティの母である」という言葉があるように、ここであえてカードを絞ることで参加者のクリエイティビティを促すとともに、資源戦略を偏らせないことでアイディエーションにおける多様な切り口が担保されるのだ。

このカード選びでも多くの議論があり、「製品回収」「単一素材でのデザイン」など現実的な戦略から選ぶグループもあれば、「話題になるのでは?」と、「データ追跡」といった歯ブラシとは一見無縁の戦略をあえて選ぶグループもあった。

次は、選んだカードを資源戦略と階層別にマッピングし、カードに書かれているサーキュラーデザイン戦略を具現化するアイデアを出していく。「ドラッグストアに製品回収ボックスを設置する」「アーティストとコラボして使い続けたくなるデザインにする」など、カードの言葉にインスピレーションを受けながら様々なアイデアが飛び交う。「竹とデジタル化はどうつながるのか…」と頭をかかえるグループも。

悩みながらアイデアを練るグループ

アイデアを発散したあとは、バリューチェーン全体で一貫性のあるサーキュラーデザイン戦略が採用されているかどうかを検証する。そのためには、「コンフリクト」「シナジー」という2つの切り口でアイデア同士をつなげ合い、アイデアを収斂させていく。

「耐久性とサブスクリプションはシナジーがありそう。耐久性だけだと売れなくなるが、サブスクにすれば耐久性が強みになる」「高級路線とリサイクル可能性は一見コンフリクトしているが、柄の部分は高級にして、ブラシ部分は交換できるアイデアはどうか」「回収モデルと企業の共創はシナジーの関係で、ドラッグストアと地元の歯医者の連携を考えられないか」など、コンフリクトを解消し、シナジーを高めるという観点でアイデアを見直していくことで革新的な、より優れた循環型のビジネスモデルに収束していった。

「コンフリクト」「シナジー」という2つの切り口でアイデア同士をつなげ合う

これらのワークを経て、最終的なアウトプット。各グループからは「耕作放棄地の竹からできた歯ブラシをホテルで提供し、使用後は回収してバイオ炭化、お部屋の消臭材として利用したり肥料として活用し、育った野菜をホテルで提供する」、「ファーストシューズのように『ファースト歯ブラシ』を子どもにあげ、柄は生涯にわたって使いながら、ブラシ部分のみ交換してもらう」など、非常にクリエイティブな「サーキュラー歯ブラシ」が提案された。

グループごとにアイデアをアウトプット

本当にそのアイデアは環境負荷を下げるのか?

出たアイデアに対し、「ビジネスとして成立しうるモデルか」「ユーザーが本当に欲しいものなのか」「本当にこれで環境負荷が下がったと言えるのか」といったビジネスモデルやユーザー体験、環境負荷の検証といったクリティカルに見つめるまなざしも必要だ。

特に今回のWSで強調したのは、LCA(ライフサイクルアセスメント)の観点だ。例えば、回収モデルによる輸送でCO2は増えないか、歯ブラシ使用時にかかる水の使用量を減らせるプロダクトデザインはどんなものか、製品寿命を延長するためのマーケティング施策とはなにか、歯ブラシという人々の健康を守るプロダクトの製造廃棄過程で人体影響のある物質排出を伴うプロダクトデザインになっていないか。こうした製造から輸送・使用・回収までデータをベースに実際の環境負荷を可視化していくプロセスが、より本質的でクリエイティブなサーキュラーデザインを創出するカギとなる。

今回のワークショップを受け、参加者からは「コンフリクトが把握でき、エコシステムまで俯瞰できた」、「社会課題領域でも使えるのでは?」といった意見から、「サーキュラーエコノミーに関する新規事業に対するモチベーションを改めて持てた」という声も上がった。

カードという特性を生かし、ゲーム感覚でアイディエーションができるのもサーキュラリティデッキの魅力の一つ。その上で、51の切り口に目を向けることで、思考を広げ、サーキュラーエコノミー全体を俯瞰し、かつこれまでにないアイデアの構築を促してくれる。また、サーキュラリティデッキを用いてのアイデアの発散・収束は、プロダクト・サービスデザイン、マーケティング、など様々な領域で活用できる。

一筋縄ではいかない循環型ビジネスの実装。これにどのようにクリエイティブに立ち向かうべきか、Climate Creativeとの共創に興味のある人はお気軽にご相談いただきたい。

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