国立大学法人東京大学大学院農学生命科学研究科と積水ハウス株式会社はこのほど、生物多様性と健康に関する共同研究を開始した。
生物多様性豊かな庭における身近な自然とのふれあいが居住者の自然に対する態度・行動・健康に及ぼす影響を検証し共有することで、都市部の生物多様性保全の推進とネイチャーポジティブな社会の実現への貢献を目指す。
東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻保全生態学研究室は、都市の生物多様性保全や生態系サービス(生態系が人間社会にもたらすさまざまな恵み)の活用について研究している。2016年、緑と健康の関係について研究を開始し、緑とのふれあいが人の健康促進と関連するという結果が得られたが、健康促進と緑の質との関係は調査していなかった。
2020年、同研究室は緑地の利用頻度および家の窓からの緑の景色と、都市住民のメンタルヘルス(自尊心、人生の満足度、幸福度、鬱・不安症状、孤独感)の関係を検証した。その結果、緑地の利用頻度が高い人だけでなく、窓から緑がよく見える家に住む人も、5つのメンタルヘルス尺度が良好な状態にあるという結果が得られた。この結果は、人は緑地を訪れなくても、自然がもたらす「癒し効果」を家で享受できる可能性を示しているとしている。
積水ハウス株式会社は2001年から、地域の在来樹種を活かした庭づくり・まちづくりの提案「5本の樹」計画として、都市の住宅地に緑地をつくり生物多様性保全を推進している。2019年に琉球大学久保田研究室および株式会社シンクネイチャーと共同検証を開始し、生物多様性の劣化が著しい三大都市圏において、「5本の樹」計画に沿った庭木の植樹による生物多様性の効果が確認された。
今回の共同研究では、同研究室が構築した分析手法と積水ハウス株式会社の「5本の樹」計画を組み合わせて研究し、生物多様性の豊かな緑が庭にあることの重要性を導き出す計画だ。
積水ハウス「5本の樹」計画における戸建て住宅の取り組み(出典:積水ハウス株式会社)
同研究室は、自然とのふれあいと健康の関係に関して「精神的健康」「身体的健康」「認知機能」「社会的健康」のテーマで5つの仮説を立てて研究を進めている。今回の共同研究では、精神的健康の想定仮説「庭で自然とふれあう人は、ネガティブな感情(鬱・不安症状・ストレスなど)が少なく、ポジティブな感情(生活の質や幸福感など)が高い」と「窓越しに自然を見られる人は、メンタルヘルスの状態が良好である」、および認知機能の想定仮説「庭での自然とのふれあいは、認知機能を高める」の3つの想定仮説から調査を開始する。今後はその他のテーマ「社会的健康:庭での自然とのふれあいは、良好なコミュニティをつくる」と「身体的健康:自然の中での運動は、屋内での運動よりも多くの健康便益をもたらす」も視野に入れ、長期的に共同研究を実施する予定だ。
生き物の多様さ、あるいは複雑な生態系に存在するすべての生物のつながりの豊かさである生物多様性。私たちは、食料や衣服の材料・木材をはじめ、さまざまな生物を利用して生活している。薬には多くの植物が原料として使用されており、人類の健康にも生物多様性が大きく貢献している。今回、東京大学と積水ハウス株式会社が共同実施する「都市の自然環境や生物多様性が人の健康・幸せにもたらす効果」の研究の結果が待たれる。
【プレスリリース】東京大学と積水ハウス、生物多様性と健康に関する共同研究を開始~世界初、生きものが豊かな庭の緑と健康・幸せの関係を検証~
【関連記事】令和4年版環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書が公表。新経済社会の構築を目指す
【関連記事】サーキュラーエコノミーは生物多様性を再生できるか?エレン・マッカーサー財団最新レポート
【関連記事】欧州委の新レポート、生物多様性保全に向けた花粉媒介者保護の緊急性を強調
※冒頭の画像は、積水ハウスの「5本の樹」計画における街づくりの取り組み(出典:積水ハウス株式会社)