株式会社水と古民家は「人間起因による水質汚濁をゼロにする」をビジョンに掲げる。具体的には「日本全国の公共用水域でBOD(生物化学的酸素要求量)1mg/L以下を実現する」ことを目標にする。同社の事業内容からは現在広く認知されていない水質汚濁の課題が見えてくる。代表取締役の岩澤宏樹さんに話を伺った。

岩澤宏樹さん(株式会社水と古民家 代表取締役)

青山学院大学卒。インドネシア・マレーシアでの大規模森林伐採の実態に触れ、環境問題の解決に寄与したい、という志を持つようになる。株式会社日立コンサルティングにおいて、プラントメーカーの業務改革等を担当。「木組のデザイン」ゼミナール受講(2023年)。その後、株式会社水と古民家を立ち上げ。

 

同社は、下水道の未普及地域における生活排水処理を改善する取り組みを行う。主に2つの活動を展開。1つ目は、上記地域で使用されている既存の合併処理浄化槽の機能改善。もう1つは、汚泥と合成洗剤を分解する新型浄化槽の開発だ。

合併処理浄化槽でも課題は残る

「子どもの頃遊んでいた川に行ってみると、水量が減り泡やごみが浮かんでいて、以前の姿ではなくなっていました」と話す岩澤さん。大学時代にインドネシアやマレーシアの森林伐採を知り、NGOでアブラヤシ農園(プランテーション)の実態を調査するインターンシップに参加した。

「もともと自然が好きだったのですが、貴重な生態系が経済目的により大規模に失われていく理不尽さを感じ、環境問題の解決に寄与できるようになりたいと考えるようになりました。その後、コンサルティング企業で業務改革や事業企画などに取り組む中で、自分自身が主体となって環境回復に資する事業に取り組もうと思い立ちました。自分と向き合い、自身や周囲の活用できる資源を洗い出した結果、『水質汚濁』の問題にたどり着きました」

水質汚濁の原因は多岐にわたるが、同社は、対策が不十分で抜本解決の兆しが見えない生活排水の問題に取り組んでいる。環境省によると、2022年度末における全国の汚水処理施設の処理人口は1億128万人。残り約2360万人が住む地域では、合併処理浄化槽や単独浄化槽、農業集落排水施設、汲み取りで汚水処理されている。このうち、単独浄化槽や汲み取りは、し尿しか処理されず生活排水は垂れ流しされてしまう。2000年に浄化槽法が改正され、原則として単独浄化槽の新設は禁止、既存の単独浄化槽の使用者は合併処理浄化槽への転換に努めることとされた。

しかし、し尿と生活排水を処理できる合併処理浄化槽でも課題が残るという。岩澤さんは主に2つの課題を挙げる。

1つ目は、汚泥発生によるコスト増と環境負荷だ。浄化槽の上部・底部に汚泥が発生し年1回の清掃が必要となる。し尿・浄化槽汚泥は年間約2000万トン、下水汚泥は年間約8000万トン(下水汚泥は産廃発生量の約2割に相当)が発生しているという。

2つ目は、洗剤・油を使用しすぎることによる浄化槽の機能障害だ。塩素系・酸素系漂白剤・陽イオン界面活性剤などの大量使用により、機能障害が発生することがある。水浄化フォーラムによる調査では、合併浄化槽610基中70基が機能障害で、その原因は洗剤によるものだという。

浄化槽内での汚泥減容に向けて

発生した汚泥などの焼却・埋め立てを回避するべく、既存浄化槽を改善する微生物群(バイオ剤)の投与と、汚泥と合成洗剤を分解する新型浄化槽の開発に取り組む。これにより、浄化槽汚泥の減容と水質改善に貢献する。

前者は、提携先で独自の技術を有する微生物製材企業のバイオ剤を小規模排水向けに同社が販売する。後者は、このバイオ剤の特徴が活かされ、汚泥が発生しにくい浄化槽を開発するものだ。同社の独自性が出る事業である。

家庭用浄化槽におけるバイオ剤投入実験

上記の既存浄化槽を改善する取り組みの一環として、家庭用浄化槽(5人槽)に対し、バイオ剤を週1回投入した。結果、2週間で約60%、1か月で汚泥量が約70%減るという結果が得られたという。同社によると、同バイオ剤を家庭用の合併処理浄化槽へ導入した事例はなく、全国初の検証結果である。今後、再現性があるかを確認すべく、様々な状態の浄化槽で検証していく予定だ。

(写真提供:株式会社水と古民家)

 

合成洗剤の除去能力の検証

バイオ剤投入により、合成洗剤の除去能力に違いが出るか、検証を行った。A槽は添加なし、B槽はバイオ剤投入の条件で検証したところ、バイオ剤を投入した槽のほうが陰イオン界面活性剤をより除去できていることが明らかになったという。(陰イオン界面活性剤パックテスト:A 槽:0.2mg/L、B槽:0.1mg/L)

出典:製品特長|おしゃれ着洗いに衣類用中性洗剤アクロン|ライオン (lion.co.jp)

(写真提供:株式会社水と古民家)

合成洗剤の分解が可能となれば、生物多様性にも好影響を与える可能性があるという。合成洗剤に含有される界面活性剤の一種であるLAS(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩)の水質環境基準は、魚介類3種(ニジマス、メダカ、マダイ)と餌生物3種(ミジンコ、緑藻、珪藻)のデータに基づき設定されているが、その他の生物でどの程度影響があるかはわかってないと同社は分析する。現時点で明らかになっている最小値を一律の基準とすると、河川における環境基準達成率は77.8%(上記基準は99.8%)となり、基準をクリアできない自治体も出てくる(出典:中央環境審議会水環境部会水生生物保全環境基準専門委員会:水生生物の保全に係る水質環境基準の項目追加等について、参考:令和2年度公共用水域水質測定結果)。

コスト低減と生物多様性へ貢献

岩澤さんは、本取り組みの導入効果として、自治体が負担する処理施設費用の低減、浄化能力向上による生物多様性の回復、所有者が負担するメンテナンス費用低減、災害時の再生水確保、臭いの解消を挙げる。

環境省によると、し尿処理事業にかかるコストは年間2179億円(2022年)。そのうち処理・維持管理費が8割。自治体が負担するこの費用のコスト低減に寄与すると見込まれる。

「将来、浄化槽管理・清掃の担い手の減少、(人口密度が一定以下の地域での)下水道から浄化槽への切り替え、し尿処理施設の更新に伴う税負担、などが予想されます。その中で、小規模排水処理の高度化(汚泥減容・水質改善)を実現できれば、自治体の費用負担が低減し、その原資を生活排水垂れ流し解消に充てることで、地域の水環境を大きく改善できる可能性があります」と岩澤さんは話す。人口減少に伴う下水道維持の課題が大きくなるなか、同社は一つの解を提示できることになるのではないだろうか。

【参考】株式会社水と古民家
【参考】令和4年度末の汚水処理人口普及状況について(環境省)
【参考】Home Detergents and Jyokaso Dysfunction
【参考】日本の廃棄物処理(環境省)
【参考】水生生物の保全に係る水質環境基準の項目追加等について(環境省)
【参考】令和2年度公共用水域水質測定結果(環境省)